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アジア・太平洋戦争期のベトナムと日本  新刊 これから出る本

マルチ・アーカイヴァル・アプローチを通して

アジア・太平洋戦争期のベトナムと日本

日越仏・台湾の公的資料や民間個人の記録を統合的に分析。戦時下の情報戦や民衆の心情を解析。3月刊

著者 武内 房司
宮沢 千尋
ジャンル 歴史・考古・言語
社会・経済・環境・政治
報告書・報告論集
シリーズ アジア研究報告シリーズ
出版年月日 2026/03/10
ISBN 9784894890633
判型・ページ数 A5・320ページ
定価 本体3,500円+税
在庫 未刊・予約受付中
 

目次

序論 マルチ・アーカイヴァル・アプローチと戦時期ベトナム・日本関係史研究(宮沢千尋)

●論考編

第1章 戦時期,ベトナムにおける「越南復国同盟会」の活動とその軌跡(武内房司)

   はじめに
   1. 越南復国同盟会
   2. タイ・ベトナム南部の復国同盟会
   おわりに

第2章 チャン・ヴァン・アン(Trần Văn Ân)、南ベトナムの安らかならざる知識人の肖像
    ──日本との長きにわたる関係の記録──(パスカル・ブルドー/難波ちづる訳)

   はじめに
   1. チャン・ヴァン・アンのバイオグラフィーにかんする指標
   2. チャン・ヴァン・アンからみた大東亜共栄圏と国家の独立
   3. チャン・ヴァン・アンと日本と統一民主ベトナムの追求
   結論:バイオグラフィーからプロソポグラフィーへ
       ──20世紀における日本と南ベトナムの関係をより深く理解するための研究の展望

第3章 メコンデルタのキリスト教王国(北澤直宏)

   はじめに
   1. ジャン・ルロワ大佐
   2. UMDCの設立と拡大
   3. UMDCの解体
   おわりに

第4章 戦時期日本の植民地支配の構図と台湾人
    ──1945年仏印沖の神靖丸沈没事件を通して──(鍾淑敏/張雅訳)

   はじめに
   1. 日本植民地統治下の台湾の南進政策と台湾人の海外活動
   2. 戦争動員と神靖丸沈没事件
   3. 戦後の長い沈黙と「復権」
   おわりに

第5章 1930〜1940年代における日本の台湾籍民の活用論
    ──華僑政策との関連性から──(Vo Minh Vu)

   はじめに
   1. 日本の南洋華僑調査
   2. 台湾籍民の活用論
   まとめ

第6章 仏印文化工作における関連機関と企業進出(1940~1945年)(湯山英子)

   はじめに
   1. 日仏共同支配と仏印文化工作
   2. 各機関・企業と派遣人員
   3. サイゴンでの古関裕而音楽会
   おわりに

第7章 フランス領インドシナにおける日本人による現地青年層への関与
    ──『西川寛生「戦時期ベトナム日記」』からみる
       大南公司の民族運動支援(1943-1944)──(富塚あや子)

   はじめに
   1. 松下光広を中心とした大南公司「同志会」の結成
   2. 印度支那駐屯軍による特種雇傭人採用および養成への協力
   3. 「大南塾」における人材の養成および斡旋
   4. 「民族運動絶対厳禁」──インドシナ総督府・日本軍・大南公司内部からの圧力
   おわりに

●付録編

付録1 フランス国防文書館所蔵林秀澄大佐個人日誌(武内房司訳註)

   1944年
   1945年

付録2 戦時期仏印の現地商社としての大南公司(湯山英子)

   1. 戦後に作成した会社沿革
   2. 海外実業者調査から(1928年~1937年)
   3. 閉鎖機関関係資料から
   4. ハノイ日本人会名簿から
   5. フランス防衛省文書館資料

付録3 ベトナム民族運動への関与についての質問とその回答(西川捨三郎・立川京一)

   質問事項
   質問事項への回答

戦時期日本・ベトナム関係略年表

あとがき

English Abstracts

索引

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内容説明

日越仏・台湾の公的機関や企業・民間所蔵の一次資料を統合的に分析。戦時下の情報戦や民衆の心情などを解析する試み。

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序論
マルチ・アーカイヴァル・アプローチと戦時期ベトナム・日本関係史研究


宮沢千尋


 



  本書は、2023年11月11日、南山大学で開催されたワークショップ「アジア・太平洋戦争期の日本・ベトナム関係研究の新潮流:民間アーカイブズの視点から」に寄せられた諸論考並びに当日、時間的制約から報告できなかった科研メンバーの研究成果をまとめたものである。ワークショップの開かれた2023年は、日本とベトナム社会主義共和国(前身はベトナム民主共和国)の間に国交が開かれ、50年の節目を迎えた年であった。近代以降の日本とベトナムの関係は、20世紀初の東遊運動から「仏印進駐」・「仏印処理」、アジア太平洋戦後のベトナム南部政権のみに対するベトナム賠償、東西冷戦下でのベトナム戦争中の米軍への基地提供や「ベトナム特需」など決して友好的とは言えない時代が長かった。1973年の民主共和国との国交樹立もベトナム戦争中であった。その後の両国政府や民間の努力により、日本とベトナムの関係は、かつてないほどに密接な関係にある。

  一方、日本とベトナム、東南アジアの関係を考える時、決して忘れることができないのは、先に述べたアジア太平洋戦争期の日本人、日本軍と現地との関わり、日本人、日本軍がそこで何をしたか、あるいは戦争責任の問題である。

  アジア太平洋戦争期の日本・ベトナム関係史を研究する際、同時代の一次資料が重要であるが、近年、ベトナム、日本、フランス、日本の植民地であり「南進」の拠点であった台湾などのアーカイブズ所蔵の植民地文書や外交文書、軍事関係文書などの同時代の一次資料を横断的に収集、分析して行う、いわゆるマルチ・アーカイヴァル・アプローチ的手法が取り入れられるようになり、特に2010年代において研究は著しく進展した。その背景としては、関係各国のアーカイブズが従来に比して、資料公開をすすめたことがある。

  ベトナムでは、独立と統一のための戦争と革命が長く続き、その後は経済的な停滞に苦しんだが、1986年末に採用されたドイモイ政策が軌道に乗ると戦時体制は終わりを告げ、アーカイブズ部門でも所蔵資料の整理・分類が進み、資料の一部のデジタル化、検索のオンライン化も行われ、依然として制限はあるが、ベトナム人に対しても外国人に対しても、資料を公開するようになった。

  インドシナを植民地支配したフランスでは、2000年代に「アルバネル法」が制定され、今まで閲覧制限がかけられていたインドシナ植民地関係文書や治安関係文書が制限なしに公開されるようになった。日本においても資料公開が進められており、代表的なものとしては、国立公文書館、外務省外交史料館、防衛省防衛研究所の近現代のアジア関係資料をデジタル化、データベース化してインターネット上で公開したアジア・歴史資料センター(JACAR)の設立(2001年)がある。台湾はアジア太平洋戦争中は日本の植民地であるとともに南進の拠点であり、また1945年8月15日の日本の敗戦後、ベトナムの北半分を「進駐軍」として占領したのは中国国民党軍であった。そのため、現在の台湾には、日本植民地時代のインドシナ関係資料や、国民党占領期の資料が数多く所蔵されており、たとえば、中華民国期のアーカイブズを所蔵・管理している国史館においては、オンライン上でも公開が進んでいる。

  以上の状況から、外国人の研究者であっても、植民地時代やアジア太平洋戦争期の一次資料に容易にアクセスできるようになった。こうした資料状況を全世界的規模で、具体的にどんな資料がどこにあるかを網羅的に調べ、今後の研究の可能性を展望した驚異的な規模の研究として、白石昌也氏が研究代表者を務められた科学研究費補助金のプロジェクト「第二次世界大戦期日本・仏印・ベトナム関係の集大成と新たな地平」(科学研究費補助金基盤(A)一般課題番号25243007。2013年11月‐2018年3月)があり、その報告書としては、『第二次世界大戦期のインドシナ・タイ、そして日本・フランスに関する研究蓄積と一次資料の概観』が刊行されている。一方で個々の研究者も、こうしたマルチ・アーカイヴァル・アプローチによる調査手法を用いた研究成果を発表している。

  例えば本ワークショップで報告されたフランス高等実践院のパスカル・ブルドー(Pascal Bourdeaux)氏は2003年に提出された博士論文を基に『ホアハオ仏教、もう一つの王国:南部ベトナムにおける宗教と革命(1935-1955)』を公刊した。この研究においてブルドー氏は、フランス国立文書館海外館、フランス国防省文書館はもちろん、ベトナムの国家第1アーカイブズセンター(ハノイ市)、同第2アーカイブズセンター(ホーチミン市)、カンボジアの国立アーカイブズ(プノンペン)など公的なアーカイブズを中心に、マルチ・アーカイヴァル・アプローチによる調査を行い、ホアハオ教関係の刊行文献や後述する民間アーカイブズの資料と突き合わせて、ホアハオ仏教が形成されてから1955年までの時期について、当時のベトナム南部社会の政治・社会・宗教的な文脈の中で分析している。フランス語で書かれた研究としてはフランソワ・ギュイモ氏の大越党の研究がフランスとベトナムのアーカイブズ資料を利用しており、フランス植民地史研究の立場からの難波ちづる氏による1940-1945年の日本とフランス、フランス領インドシナ関係史の研究がフランス、ベトナムに加えて日本の外交史料館の資料を利用したマルチ・アーカイヴァル・アプローチによる研究である。

  日本語では、武内房司氏は、やはり上述のベトナムやフランスのアーカイブズで資料収集を行って、カオダイ教を中心とするベトナム南部宗教についての研究成果を精力的に公刊されているし、湯山英子氏と李依陵氏は上述の白石氏編の科研報告書において、台湾、ベトナムの当該時期のアーカイブズ資料状況について網羅的に調査し、マルチ・アーカイブズ的調査による研究成果につながる可能性を秘めている。ベトナムではヴォ・ミン・ヴ(Vo Minh Vu)氏が、日本語とフランス語のアーカイブズ資料を使って多角的な視点から当該時期の歴史を描こうとしている。このような研究動向は、2020年以来の新型コロナウイルスの世界的流行により一旦は途絶したかに見えたが、今後はさらに進展するであろう。

  本ワークショップの基礎となった科学研究費補助金(基盤研究(B))プロジェクトは、以上の研究動向を踏まえたうえで、戦時期のベトナムに渡った西川寛生氏(本名は捨三郎。1921-2005年)が現地でつけていた日記という同時代資料を解読し、同時に日記の内容を深く理解するために、マルチ・アーカイヴァル・アプローチの手法を用いて、戦時期の日本・ベトナム関係を再検討しようとの意図で始まった。

  西川寛生氏は大川周明が設立した満鉄東亜経済調査局附属研究所、通称大川塾の卒業生であり、大川周明が目指す「復興亜細亜」、すなわちアジアの被植民地解放のために現地の人々と共に働く人材として、1940年9月の「北部仏印進駐」の際に日本軍通訳としてベトナムに渡り、その後は現地日本商社大南公司社員として、社長松下光広とともにベトナム民族主義運動を援助した。1945年8月の日本無条件降伏後に小さな木造船でサイゴンを脱出して9月初めに日本に帰るまで、ほぼ毎日日記をつけていた。戦後は、1955年にゴー・ディン・ジエムがベトナム国首相に就任した際に、戦時期のジエムとの縁でいち早く大南公司の支店再開が許されたために再度ベトナムに渡ってダニム・ダム建設に関わるなど、終生ベトナムとの関係を持ち続けた。西川氏は戦後も日記をつけ続け、その一部は『西川寛生「サイゴン日記」一九五五年九月~一九五七年六月』(風響社、2015年)としてすでに刊行されている。西川氏の自宅には、戦時期、戦後の日本・ベトナム関係に関する日記、書簡、写真など多くの資料が保管されていたが、氏の死後、ご遺族から学習院大学に寄託され、現在、整理・分類作業が行われている。同書が刊行された際に、アーカイブズ学の専門家から、「個人の日記がアーキビストの手で整理され、一般の流通ルートに乗る形で刊行されたのは画期的なこと」との評価をいただいた。こうした日記類をはじめ、西川氏が自宅に所蔵していた一連の資料群は「民間アーカイブズ」と呼ぶにふさわしい内容を備えている。氏のコレクションには氏自身が戦時期から戦後にかけて所属しベトナムとも深く関わった大南公司関係資料も多数含まれる。本書に収められたブルドー、鐘論文で紹介されたチャン・ヴァン・アン、呉平城コレクションもまた個人コレクションとして民間に長い間埋もれていた資料群であった。

  本書で目指すマルチ・アーカイヴァル・アプローチとは公的機関のアーカイブズのみならず、こうした民間アーカイブズも含めた諸資料群を横断的かつ系統的に分析・検討する手法である。オフィシャルな報告書や記録と異なり、民間アーカイブズには多くの利点がある。公的機関アーカイブズの場合、目にすることのできる記録の多くは保存が断片的であり、対象期間も限定される傾向がある。これに対して、個人コレクションを中心とする民間アーカイブズの場合、西川コレクションのように、生涯にわたって問題関心を持続させ、蒐集・保存に一貫性の見られるものが少なくない。これらを公的機関アーカイブズ所収の諸資料と対照しつつ分析することで、歴史解釈にも新たな可能性が開かれるように思われる。もちろん、「民間アーカイブズ」を取り込んだマルチ・アーカイヴァル・アプローチの方法をめぐっては、今後さらなる検討が必要であるが、「民間アーカイブズ」から明らかになる新たな事実や視点を含みつつ、アジア太平洋戦争期の日本・ベトナム関係研究にどのような可能性をもたらすかについて議論が深まり、研究成果が出されることを望みたい。

  最後に、本論集に収録された各論考について簡単に紹介しておきたい。

  第1章、武内房司「戦時期、ベトナムにおける「越南復国同盟会」の活動とその軌跡」は、戦時期のベトナムにおいて日本の汎アジア主義に呼応しつつ阮朝王族クオンデを盟主として上海で結成された「越南復国同盟会」の活動に光を当てる。日本の「北部仏印進駐」時に「越南復国同盟会」メンバーにより組織された復国軍の蜂起、さらにはタイの越僑社会やベトナム南部への浸透過程を、日本・フランス・台湾・ベトナムの各文書館所蔵のアーカイブズをもとに描く。これらのアーカイブズ史料からは、ともすれば日本軍の傀儡として受動的・従属的存在として描かれがちであったクオンデら親日派ナショナリストたちの主体的な動きや生の声が浮かび上がってくる。

  第2章、パスカル・ブルドー「チャン・ヴァン・アン、南ベトナムの不穏な知識⼈の肖像:⽇本との⻑きにわたる関係の記録」は、ベトナムの現在の公的な歴史では⾔及されることの少ない20世紀ベトナム南部の⼀知識⼈の⽣涯や終⽣続いた⽇本との関わりについて、彼の遺した個⼈⽂書中の⾃伝草稿を主たる資料として述べる。アンはフランスの植⺠地⽀配期や⽇本の「仏印進駐」と不完全な「独⽴」を与えた「仏印処理」の時期、共産党を中核とするベトミンと⾮ベトミン勢⼒の独⽴を巡る主導権奪取闘争の時期、再植⺠地化を⽬指すフランスとの戦争の時期、その後のベトナム共和国(南ベトナム)期やアメリカとの「ベトナム戦争」期を通じて、ベトナムの独⽴と統⼀の途を模索し、また⽇本との友情を終⽣持ち続けた。ブルドー⽒はこの論考において、チャン・ヴァン・アンについて、主要な公的資料であるフランス植⺠地当局側の資料ではうかがい知ることができない、めまぐるしく変わっているかに⾒える彼の政治的⾏動を、アンの視点から明らかにし、その意図を読み解いていく。

  第3章、北澤直弘「メコンデルタのキリスト教王国」は、フランス国立文書館海外館(ANOM)所蔵アーカイブズを用いて、1947年から1952年にかけてベトナム南部、とくにメコンデルタのベンチェー省を中心に、宗教的紐帯を核とし、1万余の勢力を擁したキリスト教防衛遊撃隊(Unités Mobilesde Défensedes Chrétiens)の歴史を掘り起こす。1945年3月9日の日本軍の「仏印処理」及び8月15日の日本の無条件降伏により権力の空白状態が生まれるなか、南部社会に登場したカトリック系宗教自治勢力についての本格的な論考である。時代的には確かに戦後期に属するが、宗教と政治が一体化していく動きは、ベトナム南部の宗教運動としてよく知られたカオダイ教やホアハオ教と共通しており、戦時期との連続性のなかでも捉えられるのではないだろうか。

  第4章、鍾淑敏(張雅訳)「戦時期日本の植民地支配の構図と台湾人:1945年仏印沖の神靖丸沈没事件を通して」1944年11月1日に医師や助手、薬剤師、⾷料⽣産隊員を乗せて台湾の⾼雄をカリマンタンに向けて出港した神靖丸が、1945年1⽉12⽇にフランス領インドシナのベトナム、カップ・サンジャック(現在のブンタウ)沖でアメリカ軍の艦隊に撃沈され、多くの台湾⼈犠牲者を生んだ事件を通して台湾人にとってのアジア・太平洋戦争の持つ意味を考察する。台湾は⽇本の「南進の拠点」と位置付けられ、1940年の北部仏印進駐後には台湾総督府の奨励政策により多くの台湾⼈が仏印に渡り事業を展開した。この事件は戦後台湾においては対日協力のひとこまとして扱われ、公的に取り上げられることはなかったが、⽣存者の1⼈である呉平城が、事件後40年近く経って、当時の⽇記をアメリカで出版したことが契機になり、台湾においても広く認知されるようになったという。ここからも、呉平城日記のような公的な⾔説と異なる私的な資料、いわゆる「⺠間アーカイブズ」の役割が見えてくる。

  第5章、ヴォ・ミン・ヴ「1930〜1940年代における日本の台湾籍民の活用論:華僑政策との関連性から」は、日本植民地であった台湾の「台湾籍民」を、アジア・太平洋戦争直前の時期から、日本人がどのように東南アジアで活用しようとしていたかについて、「南進の拠点」として時代を経るごとに台湾の重要性が増していく過程や、台湾総督府や日本の国策機関による「華僑研究」のあり方にも注目して述べたものである。

  第6章、湯山英子「仏印文化工作における関連機関と企業進出(1940〜1945年)」は、これまでの戦時期インドシナの社会経済史研究において文化工作に対する関心が希薄であったとし、政府機関としての日本文化会館はもちろん、レコード会社の日蓄工業(後のコロンビア)、日本映画配給社、成文堂書店など、音楽、映画、書店等各側面から日本の文化産業各社による「仏印」関与の具体像を明らかにする。とくに、今回新たに掘り起こされた音楽家古関裕而関係文書等を通じて、これまで知られることのなかったサイゴンの日本文化会館の活動も詳しく紹介されている。

  第7章、富塚あや子「フランス領インドシナにおける日本人による現地青年層への関与:『西川寛生「戦時期ベトナム日記」』からみる大南公司の民族運動支援(1943-1944)」は、上に紹介した西川寛生「戦時期ベトナム日記」を丹念に読み込み、戦時期、ベトナム青年層を取り込むべく日本が採用した一連の試みを分析する。戦時期のインドシナにおいては、フランス植民地当局もスポーツ、ボーイスカウト運動を通じてベトナム青年層の取り込みをはかるなど、植民地当局・駐留日本勢力ともに青年層へのプロパガンダ、支持獲得は重要な課題であった。インドシナ駐屯軍による「特殊雇傭人」と呼ばれる現地ベトナム人の雇用とその人材育成、日系企業大南公司自身による「大南塾」の組織化、同社社主松下光広の民族運動支援の姿勢とあくまで「静謐政策」を堅持しようとする陸軍との確執などが、多面的に論じられる。

  また、本書には【資料編】として、上記の論考のほかに、アジア・太平洋戦争期のベトナム・日本関係を知る上で参考となる以下の3編を収録した。

 1)武内房司訳註「フランス国防文書館所蔵林秀澄個人日誌」:林秀澄は、1944年1月より印度支那駐屯軍司令部付中佐としてサイゴンに赴任し、独立付与をめぐる統治プランの策定に関わった。フランス国防文書館(SHD)にはサイゴン赴任後の林の日誌及び手帳メモのフランス語訳が所蔵されており、今回、それらをもとに日本語に訳出した。そこには、大南公司社長松下光広らによる民族運動支援の動向などとともに、戦後、ベトナム共和国大統領となるゴー・ディン・ジエムらと1944年7月から1945年1月にかけて何度も接触を重ね、独立プログラムを練り上げていく様子が克明に記録されている。

 2)湯山英子解題「戦時期仏印の現地商社としての大南公司」:外務省通商局の「海外日本実業者の調査」資料、国立公文書館の閉鎖機関資料、フランス国防文書館所蔵資料『日本の特務機関』、戦後の大南株式会社資料などを用いて,商社としての大南公司の事業内容をまとめたものである。

 3)西川捨三郎・立川京一;富塚あや子解題「ベトナム民族運動への関与についての質問とその回答」は、ベトナム研究者の立川京一氏から寄せられた質問に対して生前の西川氏がご自身の記憶と日記等の資料に基づいて作成された回答書の写しである。個々の内容については他資料による検証が必要ではあるが、同時代のベトナムにおいて民族運動にかかわった体験者の記録として貴重なものである。


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編者・執筆者紹介

武内 房司(たけうち・ふさじ)
東京大学大学院人文科学研究科東洋史学専門課程中退。現在、学習院大学文学部教授。専攻は、中国近代史、中国・ベトナム関係史。
主要業績:
編著として、武内房司・宮沢千尋編『西川寛生「戦時期ベトナム日記」1940年9月~1945年9月』風響社、2024年、武内房司編『中国近代の民衆宗教と東南アジア』研文出版,2021年。論文に、「カオダイ教の勃興とナショナリズム:一九二〇〜四〇年代、ベトナム南部の宗教運動」須田努編『社会変容と民衆暴力』大月書店、2023年。

宮沢 千尋(みやざわ・ちひろ)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学術博士(文化人類学)。現在、南山大学人文学部教授。専攻は、歴史人類学・ベトナム研究。
主要業績:
武内房司・宮沢千尋編『西川寛生「戦時期ベトナム日記」1940年9月~1945年9月』風響社、2024年。論文に、「アジア・太平洋戦争期の「南進」日本女性文学研究とベトナム地域研究との架橋を目指して:森三千代の『晴れ渡る仏印』に登場する2人のベトナム人女優をてがかりにして」『人類学研究所論集』南山大学人類学研究所、13号、2025年、「戦時期日本の「新しい女」から見たベトナムの女性像:1942年における森三千代のベトナムでの経験、認識、限界」『アルケイア:記録・情報・歴史』第20号、2025年。

パスカル・ブルドー(Pascal Bourdeaux)
フランス高等実践院博士課程修了。博士(歴史学)。現在、フランス高等実践院現代仏教学講座博士指導教授(Directeur d'études de l'École Pratique des Hautes Études-PSL. Chaire des Modernismes bouddhiques)。専攻は、ベトナム近代仏教史・東南アジア宗教史。
主要業績
Bourdeaux, Pascal, Duffourmont, Eddy, Laliberté, André, Madinier, Remy (dir.), La question laïque vue d'Asie. Regards croisés sur les relations États-Religions, Berlin, De Gruyter, cool. Study in Culture, Religion and Society vol. 1, 2025, 273 p. Bourdeaux, Pascal, Bouddhisme Hòa Hảo d’un roya ume l’autre. Religion et révolution au Sud Viêt Nam (1935-1955), Paris, Les Indes Savantes, 2022, 475 p. Bourdeaux, Pascal, Histoire de Lục Vân Tiên, Paris, École française d’Extrême-Orient, avril 2016, édition trilingue vietnamien-français-anglais, 2 volumes (vol. I : Manuscrit enluminé, vol. II : Commentaires au manuscrit), 292 p. & 320 p.

難波ちづる(なんば・ちづる)
リュミエール・リヨン第2大学博士課程修了。博士(歴史学)。専攻はフランス植民地史。現在、慶応義塾大学経済学部教授。
主著書として、Français et Japonais en Indochine (1940-1945). Colonisation, propagande et rivalité culturelle (Karthala, 2012年)、『日本人戦犯裁判とフランス:インドシナ・サイゴン裁判・東京裁判をめぐる攻防』(慶應義塾大学出版会、2025年)など。

北澤直宏(きたざわ・なおひろ)
大学大学院アジア・アフリカ研究研究研究科博士課程単位取得退学。博士(地域研究)。
専攻は東南アジア地域研究。現在、東洋大学国際観光学部助教。
主要業績:
『ベトナムのカオダイ教:新宗教と20世紀の政教関係』風響社、2021年、論文に、「現代ベトナムにおける歌舞劇カイルオンの変容:文化政策を通して」『アジア・アフリカ地域研究』25巻1号、2025年、など。


鍾淑敏(しょう・しゅくびん)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。現在,中央研究院台灣史研究所研究員兼所長。専攻は日本統治時代の台湾史、台湾総督府檔案研究。
主要業績:
鐘淑敏『日治時期在南洋的臺灣人』臺北:中央研究院臺灣史研究所,2020年。論文に、「「台湾籍民」から華僑へ:インドネシアの台湾人(一八九五~一九六〇)」陳來幸編『冷戦アジアと華僑華人』東京:風響社,2023年。「二戰時期臺灣人印度集中營拘留記」『臺灣史研究』24卷3期,2017年。

張雅(ちょう・が)
名古屋大学大学院国際言語文化研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。専攻は近代日本文学、ジェンダー学。現在、大阪大学国際機構特任助教。
主著書として、Women in Asia under the Japanese Empire(London: Routledge 、2023年、共著)、論文に、「1940年代に南洋へ派遣された女性作家の役割」(『人類学研究所研究論集 第13号(なりわいと移動の人類学:中華圏の研究者との協同から)』13号、2025年)、「「文明化」の暴力を剔抉する:森三千代の「豹」における改作をめぐって」(『跨境 日本語文学研究』16号、2004年)など。

ヴォ・ミン・ヴ(Vo Minh Vu)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。専攻は日本地域研究、日本近代史。現在、ベトナム国家大学ハノイ校人文社会科学大学東洋学部専任教員。
主要業績:
編著『日本研究論文集:災害と復興』(世界出版社、2015年)、同『日本研究論文集:ベトナム・日本間の人的移動』(世界出版社、2023年)、論文に、A study of Overseas Chinese Community in French-Indochina during World War Two, in Vietnam-Indochina-Japan Relations during the Second World War: Document and Interpretations (Shiraishi Masaya-Bruce Lockhart-Nguyen Van Khanh Co-Edited, Waseda University Institute of Asia-Pacific Studies, 2017)、「中日戰爭前期日本的對華僑政策:以切斷華僑與重慶關係的合縱政策為中心」(黃自進、潘光哲主編『中日戰爭和東亞變局』冊下、稻鄉出版社2018年)、「제2차 세계대전기 베트남에서의 일본의 화교정책 -현지 정권을 통한 통제와 협력의 확보 시도-」in The Comparative Studies of Greater China (The Academic of Chinese Studies, Incheon National University, Vol.3 No.1, 2022年)。

湯山英子(ゆやま・えいこ)
北海道大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。専攻は経済システム・アジア経済史。主に日越経済関係史、移民史研究。現在、北海学園大学非常勤講師・同大学開発研究所客員研究員。主著書として、『北東アジアにおける帝国と地域社会』(北海道大学出版会、2017年、共著)、『近代臺灣與東南亞』(國立臺灣圖書館、2019年、共著)、『ベトナム・日本間の人的移動』(世界出版社:ハノイ、2023年、共著)。論文として、「台湾の「南方協力」と仏領インドシナ-黄麻栽培を中心に」(『アジア太平洋討究』 31号、2018年)など。

富塚あや子(とみづか・あやこ)
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際関係学専攻博士後期課程研究指導修了退学。博士(学術)。専門はベトナム地域研究、日越関係史。現在、一橋大学大学院法学研究科非常勤講師、早稲田大学現代政治経済研究所特別研究所員。
主要業績:
「ベトナム統一直後の日越関係(1976-1980):南越債務継承問題に着目して」(『アジア太平洋研究科論集』42号、2021年)。


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