
古老の語る90年の人生をもとに村の暮らしの一世紀をミクロにたどる。地域史と生活史のクロスオーバーが示す「人間の大地」。
| 著者 | 石内 良季 著 |
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| ジャンル | 人類学 社会・経済・環境・政治 |
| シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 |
| 出版年月日 | 2026/10/25 |
| ISBN | 9784894890718 |
| 判型・ページ数 | A5・66ページ |
| 定価 | 本体800円+税 |
| 在庫 | 未刊・予約受付中 |
目次
消えゆく地域
三五年の時を隔てて
一 過疎の展開
1 過疎社会ブータン
2 バルツァムへ
3 集落の過去と現在
二 集落の歴史――ロプザン翁の生活史から
1 農とともに始まった人生
2 税と交易の時代
3 戦争の記憶
4 開発と行政の経験
5 老いと移動のなかで
三 「消えゆく」地域に生きる
1 過疎の実態
2 祭礼のゆくえ
エピローグ
注・参考文献
あとがき
〈コラム あるゴシキドリの死〉
〈コラム 空の星と地上の星〉
内容説明
「どこで、どのように生き、老い、死にたいのか」
日本とは違う近現代を経ながらも行き着いたのは過疎だった。本書はその現在をマクロに示しながら、ある古老の語る90年の人生をもとに村の暮らしの一世紀をミクロにたどる──地域史と生活史のクロスオーバーが示す、もう一つの「人間の大地」。
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プロローグ より
私がこの集落を再訪したのは、住み込み調査を始めてから一年ほど経った夏の日のことであった。その日は、田畑の作物を害虫被害から守るための儀礼の日であり、かつては、田んぼで捕まえたバッタを竹で作った小筒に閉じ込め、地面に刺すことで、その年の豊作を祈念していたという。
この儀礼を主催していた初老の男性は、バルツァムと呼ばれるこの地域一帯をかつて統治していたとされる氏族の末裔であった。彼の先祖は、集落から約一・五キロ、標高差にして約四〇〇メートル北方の丘上に小さな寺院を建て、谷の集落に住むすべての生きとし生けるものがその加護にあずかれるよう願って、秘宝とされる金剛手菩薩像を奉納したと伝えられる。この寺院を中心に、バルツァムは仏教のハブとして機能し、さらに交易を主とした商業によって繁栄し、仏教と商業の両分野で多くの成功者を輩出してきた。
しかし、私が住み込み調査を始めた頃には、その衰退はすでに目に見えるものとなっていた。集落で最年少だった女生徒は、翌年に地元の学校を卒業すると首都ティンプーへ移り住んだ。彼女は儀礼主催者の末娘であり、集落の家には、彼女の両親である初老の夫婦のみが取り残された。この集落に残っていたのはこの夫婦を含め、その時点でわずかに六世帯一三人であった。
儀礼のあとの余韻のなか、寺院の石段で地酒を味わっていると、初老の男性がふと口を開いた。
「私がいなくなっても、(儀礼は)残った者たちが行う」
「あと二〇年もすればバルツァムは消えるだろう」
集落を出ると、陽はすでに山向こうへと落ちかけ、辺りからは暖かさが消えていった。男性の言葉は強烈な印象を刻み、私は歩きながらその一語一語を反芻していた。地域が「消える」とは一体どういうことだろうか。
(中略)
本書では、ブータン農村の過疎について、その現状を二つの語りで述べていくことにする。一つは私自身の調査知見であり、もう一つは集落の老翁の語りである。ここでは、ブータンの過疎を具体的に検討する地域事例として、タシガン県バルツァムを取り上げたい。
バルツァムは典型的なブータンの農村社会の一つである。しかし、谷ごとに異なる習俗や言語が存在するといわれるブータンでは、それぞれの農村社会が、固有の歴史的・地理的条件のもとで形づくられてきた。したがって、バルツァムの事例がそのままブータン各地の過疎の状況に当てはまるとは考えていない。とはいえ、バルツァムの人々が現在直面している課題や、この地域がこれまで経験してきた変化の過程には、ブータン全体に通じる側面も、少なからず見いだせる。本書では、あくまでバルツァムの事例に即しながらも、そこから見えてくる問題を、できるだけブータン全体の過疎という文脈のなかで考えていくことにする。
私は二〇二二年から二〇二四年までのあいだ、合計でおよそ二年間、バルツァムで住み込み調査を行う機会を得た。私の専門である地域研究とは、何よりも、そこに生きる人々への信頼と共感を出発点とし、かれらの声に耳を傾けながら、その地域で起きている出来事や現象を、できるだけ全体的に理解しようとする学問である。そのため私は、フィールドワークという手法を通じて、現地の人々とともに暮らし、地域の言葉を学び、かれらが何を語り、なぜそのように語るのかを考えてきた。本書では、こうした試みを通して見えてきたブータン農村の現状を確認し、私なりの考えをまとめてみたい。
本書は、次のような構成で進む。まず第一節では、本書の舞台であるブータンの概要を紹介し、国家レベルで進む過疎の動きを整理したうえで、調査地であるバルツァムへと読者の皆さんをご案内する。第二節では、バルツァム出身のひとりの老翁の人生をたどりながら、この地域がどのような変化を経験してきたのかを振り返る。こうして歴史に目を向けることは、ブータンのどのような地域が過疎という現象に巻き込まれているのかを理解する手がかりとなる。また、バルツァムの人々が自らの歩みを記録として残し、読者の皆さんにこの地域のことを知ってもらいたいと願っていることにも応えたい。第三節では現在に視点を移し、過疎が進むバルツァム社会のなかで、どのような変化が起き、そして人々がそれらの変化にどのように対応しているのかを描き出す。……
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著者紹介
石内良季(いしうち よしき)
1996年、神奈川県生まれ。
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。現在、日本学術振興会特別研究員PD(京都大学)。主な業績に「東ブータン農村社会の歴史と社会変容に関する民族誌」(京都大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士論文、2026年)、“Village Tshechu Under Depopulation: Ritual Remittance and the Moral Economy of Merit in Eastern Bhutan”(Rig Tshoel - Research Journal of the Royal Thimphu College 8(1), 2025)などがある。

