
シリアをめぐるエジプト・在地勢力・トルコの「綱引き」、オスマン帝国「覇権のゆらぎ」、そして欧州列強の「介入」を俯瞰
| 著者 | 藻谷 悠介 著 |
|---|---|
| ジャンル | 歴史・考古・言語 |
| シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 |
| 出版年月日 | 2026/10/25 |
| ISBN | 9784894890732 |
| 判型・ページ数 | A5・68ページ |
| 定価 | 本体800円+税 |
| 在庫 | 未刊・予約受付中 |
目次
一 第一次「エジプト=トルコ戦争」
1 ムハンマド・アリー政権
2 シリア侵攻
3 かりそめの休戦
二 政権のシリア支配
1 シリア支配の構造
2 ヒト・モノ・カネの収奪
3 シリア支配の実態
三 第二次「エジプト=トルコ戦争」
1 二度目の衝突
2 欧州列強の介入
3 「戦争」の終結
おわりに
注・関係年表・参考文献
あとがき
コラム
〈エジプト国立公文書館での調査〉
〈ナイルの賜物・エジプト〉
〈シリアの多様な地理と社会〉
内容説明
「新式軍の活躍と植民地支配の試みが、その後の中東における近代の経験の先駆けとなった」
本書はエジプト国立公文書館所蔵文書群の詳細な読み込みをもとに、シリアをめぐるエジプト・在地勢力・トルコの「綱引き」、オスマン帝国「覇権のゆらぎ」、そして欧州列強の「介入」という、アクターたちの動きを俯瞰。今日にも通じる歴史の力学的構図を示す試み。
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本文より
本書は十九世紀エジプトにおける近代化改革で広く知られるムハンマド・アリー政権による、シリア支配をめぐるオスマン帝国政府および欧州列強との駆け引きを子細に描くものである。
一八〇五年にオスマン帝国のエジプト総督に任じられたムハンマド・アリーは、帝国の内側にあって独自の富国強兵策を断行し、後に「近代エジプトの父」と呼ばれるまでに至る。彼の下で欧州列強を範として整備された新式のエジプト軍は、オスマン帝国軍の新たな主力として、アラビア半島のサウード王国征伐(一八一一~一八)やギリシャ独立運動の鎮圧(一八二四~二八)など、帝国の軍事遠征において軍功を挙げた。
そのような中、ムハンマド・アリー政権は一八三一年十一月に突如エジプト軍を同じオスマン帝国治下のシリアに侵攻させた。帝国政府は政権を帝国への反徒と認定するに至り、エジプト軍とオスマン軍は戦闘状態に突入した。結果としてエジプト軍はオスマン軍を相手に連戦連勝し、上述のようにシリア全域を軍事占領下に置いてしまった。
世に言う「エジプト=トルコ戦争」の始まりである。勢いそのままに帝都イスタンブルに向けてアナトリア半島を進軍するエジプト軍を前に、遂に一八三三年五月に帝国政府がムハンマド・アリー政権と休戦協定を結び、政権にシリア諸州の総督位を与えて同地の支配を認めることとなった。
一八三一年に開始したこの「エジプト=トルコ戦争」(近年は「エジプト=オスマン戦争」とも)は、帝国の一州総督が配下の軍を帝国内の他州に侵攻させ、しかもその後も帝国の総督として振る舞い続けるという構図を取ったため、「戦争」という語から想起されるような主権国家同士の闘争とは大きく異なり、あくまでオスマン帝国の内部で発生した紛争であった。
しかし、この「戦争」の結果は、帝国の内政問題に留まらない世界史の一大事件として、注目を集めることとなった。欧州列強はオスマン軍の敗戦を、帝国の存立を揺るがし、中東の秩序を乱す事態として問題視し、介入を強めたため、この「戦争」はたちまち国際問題化した。
シリアをめぐる一連の戦いが、弱体化したオスマン帝国の軍事力と台頭するエジプト軍の軍事的優位という鮮烈な印象を欧州列強に与えるとともに、中東の情勢に対する危機感を募らせ、介入を決意させるに至ったのである。
このようなエジプト軍の輝かしい躍進のイメージと裏腹に、冒頭のイブラーヒームの訴えからも垣間見えるように、実際の「エジプト=トルコ戦争」の道のりは容易なものではなかった。
シリア侵攻に際してエジプト軍の整備は道半ばであり、野戦における損耗は想像以上に激しく、攻城戦ではさらに多大なる犠牲を払うこととなった。また、休戦協定を経てシリアの支配権を獲得した後も、苦難は続いた。
シリア支配は政権の目論見通りには進まず、在地勢力による武装蜂起が相次いだ。政権とオスマン帝国政府の間には一触即発の緊張状態が続いており、地域情勢の不安定化を強く警戒した欧州列強諸国は、イギリスを中心に介入を強めていった。
最終的に、一八三九年から始まった第二次「エジプト=トルコ戦争」の経過を経て、政権のシリア支配は十年と持たずに、一八四〇年に崩壊することとなる。本書はこのような「エジプト=トルコ戦争」をめぐる紆余曲折に注目し、この「戦争」を近代エジプトの栄光の一幕としてではなく、シリアの支配をめぐる野望と苦悩の歴史として描き出すことを試みる。
(中略)
最後に、本書はただ「エジプト=トルコ戦争」の一部始終を詳らかにするに留まらず、その歴史的意義についても検討する。
ここで注目するのは、ムハンマド・アリー政権を語る上で欠かせない、近代化改革についての議論である。先行研究においては、本拠地エジプトにおいて近代化改革を推進したムハンマド・アリー政権が、シリア支配を機に同地にも近代化改革の波を初めて及ぼしたという評価がしばしばなされてきた。
本書はこの評価を批判的に検討しつつ、政権がシリアにもたらした近代化改革の代表例として、近代に特徴的な新しい手法に基づく住民の監視と管理の取り組みを指摘する。政権はこのような新しい支配のあり方を通じて、エジプト軍のためにシリアのヒト・モノ・カネを徹底的に収奪しようとしており、これはまさにエジプトによるシリアの植民地化と理解すべき試みであった。
「エジプト=トルコ戦争」とは、シリア支配という壮大な野望に向けたムハンマド・アリー政権の一世一代の賭けであり、そこでの新式軍の活躍と植民地支配の試みが、その後の中東における近代の経験の先駆けとなった、というのが本書の大きな主張となる。
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著者紹介
藻谷悠介(もたに ゆうすけ)
1992年、千葉県生まれ、長野県育ち。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、(一財)日本エネルギー経済研究所中東研究センター主任研究員。主な業績に「1830 年代エジプト統治下シリアの財務行政」(『日本中東学会年報』38 (2), 2023)、「ムハンマド・アリー占領期(1832~1840)のアレッポ高等協議会」(『東洋学報』99 (4), 2018)などがある。

