
「フィールド」=「現場・現地」から韓国・朝鮮研究の現状を再検証するとともに、今後の韓国・朝鮮研究の可能性を探る
| 著者 | 韓国・朝鮮文化研究会 編 |
|---|---|
| ジャンル | 定期刊行物 |
| シリーズ | 雑誌 > 韓国朝鮮の文化と社会 |
| 出版年月日 | 2026/10/15 |
| ISBN | 9784894899759 |
| 判型・ページ数 | A5・288ページ |
| 定価 | 本体3,500円+税 |
| 在庫 | 未刊・予約受付中 |
目次
★解題「今また韓国・朝鮮というフィールドを振り返る」 林 史樹
★特集論考
浅学児の韓国留学体験 平木實
韓国留学時代、一九七〇年代を中心に 鶴園 裕
フィールドワークと社会的脈絡 伊藤亜人
予測と不測――振り返る我が研究史 嶋陸奥彦
現場を歩く歴史学 吉田光男
★一般論文
「連絡船は出て行く」から「連絡船の唄」への変貌が意味するもの
――帝国の解体と国民国家への再編に伴う忘却と排除 孫長熙
咸鏡南道永興湾付近の牡蠣漁業の実態と変化――日本の進出を前後して 大沼 巧
★研究ノート
罷養から離縁へ
――植民地期朝鮮における語義の変容と実態の連続 田中美彩都
帰農とローカルな主体の構成
――あるいは「実行」されるフィールド 本田 洋
★展評
地域の記憶と現代美術――ウトロ・アートフェスティバル2025をめぐって 喜多恵美子
★書評
諸昭喜著『産後の〈風〉――病いの語りからみる韓国社会とジェンダー』 澤野美智子
★本の紹介
原智弘著『一九三〇朝鮮人生徒の日記――十四歳、京城府での一年』 通堂あゆみ
★エッセイ
「世界相生フォーラム国際学術大会」見聞記 野崎充彦
許浚博物館を訪ねて 辻 大和
★彙報
編集後記
韓国・朝鮮文化研究会会則
英文目次・ハングル目次
執筆者一覧
内容説明
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解題「今また韓国・朝鮮というフィールドを振り返る」 林 史樹より
一 特集の背景
本研究会発足二五周年となる第二六回研究大会のシンポジウムでは、「フィールド」をキーワードとして、韓国・朝鮮研究に長く携わってきた碩学五名に発表を依頼した。そして各々の専門や立場から、韓国・朝鮮研究を続ける中で感じてきた変化や、その変化に応じて研究視点や研究手法をどのように組み換えてきたかについて振り返ってもらった。その振り返りを通じ、韓国・朝鮮研究の現状を再検証するとともに、今後の韓国・朝鮮研究の可能性を探ることをシンポジウムの一番の目的とした。
二五周年が示すところは、韓国・朝鮮研究者が集まり、研究活動を盛り立ててきた継続の力であると同時に、社会を変えていく時の流れであったと思われる。ここで「継続」といっても、決して同じ環境で継続されてきたわけではない。すでに第一回研究大会シンポジウムで今回の論者のひとりである嶋陸奥彦[二〇〇二:八五]が指摘したように、一九六〇~七〇年代に渡韓した研究者にとっては、本研究会が設立された二〇〇〇年時点でも初めての渡韓からすでに三〇年以上が経ち、韓国社会自体が大きく変わっていた。さらに本研究会設立から今日までに、これに近い年月が過ぎている。併せて実に半世紀を超える時間は、本研究会が対象とする「韓国・朝鮮」を大きく変化させたし、同時に個々の研究者の研究手法にも少なからぬ変化をもたらしたといえる。
一方で、シンポジウムの企画段階から論点として指摘されたのは、後述するように「フィールド」という語が指し示すところが研究分野や個人によって異なることで、そのことはシンポジウムにおいても議論を複雑にした。そこで特集解題を始めるにあたり、便宜上、ここでの「フィールド」という用語を、狭義には研究テーマや研究対象に即した場所・現場・現地を指すものとして、広義には韓国・朝鮮として暫定的に捉えておく。……
(中略)
……ここでシンポジウムでの発表や特集の各論考を踏まえ、本研究会の活動の求心点をなしてきた「フィールド」が意味するところを改めて問い直したい。設立趣旨に「現場を重視する研究」とあるように、「フィールド」とはまずは「現場」のことを指すと捉えられるであろう。ただし、「現場」だけでなくそれぞれの研究「分野」をも意味するといった捉え方も可能であり[田代 二〇〇三:四六]、吉田がシンポジウム報告で挙げた先述の三つの「現場」のうちの②も、この「分野」と見なせるであろう。また一旦「現場」として捉えるとしても、フィールドという概念をめぐっては、シンポジウムの企画段階から当日の総合討論に至るまで、指し示すところが曖昧だとの指摘が絶えなかった。この点について筆者の見解を述べておこう。「現場」を個々の研究者と、その研究者が研究活動を通じて接する他者や場とのインタラクションで構築されるものと考えると、それは単なる地域や場所に留まらない、個々の研究者を中心とする複合的な概念となる。そうであるとすれば、空間としての「現場」の切り取り方から現地での人間関係の作り方に至るまで、「現場」の構築は研究者当人に帰されることになり、複数の研究者が関わる形で研究活動が実施されるとしても、「現場」はそれぞれにとって異なる形で構築されるといえよう。フィールド概念が曖昧とならざるをえないことの一つの理由は、「現場」が個々の研究者によって異なる形で構築されることによるのではないか。
一方、本研究会の出発点は、異なる分野の研究者が、韓国・朝鮮という広義のフィールドを接点として集まったことに求められる。嶋[二〇〇二:八五]は第一回のシンポジウムで、「韓国を研究する方々の間に〈中略〉学問分野の違いを超えて韓国で現地調査を行う、あるいは長期の滞在をしながら、現地の感覚を身に付けながら研究をするような共通のスタイルが見られるようになった」と指摘した。そのような中で、複数の研究領域にまたがるテーマに関心を持つなど、特定の領域に対しても複数の研究分野からアプローチする傾向がみられるようになり、「現場を重視する研究」をキーワードに、学問分野の枠を超えて情報やアイディアを交換する場をつくろうということになったのだという[嶋 二〇〇二:八五―八六]。嶋が共通のスタイルとして指摘した「現地調査を行う」あるいは「現地の感覚を身に付けながら研究をする」とは、それぞれの研究において上述の意味での「現場」の構築が重要性を持つということと、個々の研究者によって異なる形で構築される「現場」が、ここで広義のフィールドとしての韓国・朝鮮と関連づけられることを意味するものであろう。それは吉田がいうところの「異種格闘技」にも通じているものであろう。
近年では会員の研究分野が多様化し、研究活動の「現場」としての「フィールド」に対する認識も多様化しているが、調査や資料・史料収集、あるいは留学などの形で渡韓経験があり、朝鮮語(韓国語)を駆使する研究者が、依然として会員の多くを占めるのも事実である。発表が朝鮮語で行われることも珍しいことではなく、現在も本研究会には、学問分野を問わず、現地語を習得した研究者が集っている。その意味で本研究会は、狭義の「フィールド」であるそれぞれの「現場」が、広義の「フィールド」である韓国・朝鮮を接点としてかかわりあうことを重視してきたといえよう。
以上のように考えたとき、本研究会で語られてきたフィールド概念は、二つのカテゴリーに分けられるように思う。一つは冒頭で狭義と位置づけた「現場・現地」であり、個々の眼前にある具体的な研究テーマや研究分野、研究対象に即した場所なども含まれる。これは個に帰する「フィールド」といえる。もう一つは広義の「フィールド」として位置づけた韓国・朝鮮であり、個々の「現場」が互いに関連づけられる基盤をなしている。個々の研究者の「現場」は千差万別で、地理的にもさまざまに散らばっているが、同時に、緩やかに関連づけられるような形で想像、経験、認識されるところの「韓国・朝鮮」という「フィールド」でつなげられている。そして、このつながりこそが「異種格闘技」を可能にするものであり、この研究会の存立基盤になっていると考える。
(後略)
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林 史樹 神田外語大学外国語学部アジア言語学科教授
平木 實 天理大学元教授/京都府立大学研究員
鶴園 裕 金沢大学元教授
伊藤 亜人 東京大学名誉教授
嶋 陸奥彦 東北大学名誉教授
吉田 光男 東京大学名誉教授/放送大学名誉教授/東洋文庫研究員
孫 長熙 立命館大学コリア研究センター客員研究員
大沼 巧 防衛大学校総合教育学群講師
田中美彩都 東洋大学国際学部講師
本田 洋 東京大学大学院人文社会系研究科教授
喜多恵美子 大谷大学国際学部教授
澤野美智子 立命館大学総合心理学部准教授
通堂あゆみ 武蔵高等学校中学校教諭/九州大学韓国研究センター学術共同研究員
野崎 充彦 大阪市立大学名誉教授
辻 大和 東京大学東洋文化研究所准教授

