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東アジアの祭祀伝承と女性救済

目連救母と芸能の諸相

東アジアの祭祀伝承と女性救済

盂蘭盆会への起源とも言われる目連の伝承。日中韓の祭祀・芸能の諸相から、死生観や霊魂観、さらに文化史の再考をも迫る論集。

著者 野村 伸一 編著
ジャンル 民俗・宗教
出版年月日 2007/08/30
ISBN 9784894891203
判型・ページ数 A5・528ページ
定価 本体7,200円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに
研究活動一覧

      ●第一部 概説篇

序章 祭祀芸能史からみた目連戯
 一 「妣が国」、そして「目連救母」からの伝言
 二 目連救母の芸能へ

第一章 目連伝承と目連戯
 一 目連伝承と目連戯の違い
 二 目連戯の範囲と研究課題

第二章 東アジアの盂蘭盆会の歴史と目連戯
 一 東アジアの盂蘭盆会の歴史
 二 中国の目連戯の歴史──鄭之珍本まで
 三 中国各地の目連戯とその背景
 四 中国の目連戯の動因

第三章 宗教劇としての目連戯
 一 目連戯に伴う宗教儀礼の再構成
 二 宗教劇としての認識

第四章 蒲田の目連戯と観音の考察──事例研究を通して
 一 蒲田の目連戯について
 二 観音の登場と女性の救済──福建目連戯の事例研究を通して

第五章 東アジアの目連救母伝承とその周辺の祭儀
 一 朝鮮の目連救母伝承と女性救済の演戯
 二 日本の目連救母伝承と目連の芸能
 三 朝鮮に目連戯のない理由

第六章 まとめ──目連戯に込められたもの
 参考文献

      ●第一部 概説篇 付録A 日誌──目連戯の事例ノート

 事例1 台湾の葬礼にみられた目連戯
 事例2 盂蘭盆会の傀儡目連──福建省蒲田市坂尾村?子廟
 事例3 拝懺功徳としての傀儡目連
     ──福建省仙游県楓亭鎮斗北村大浦(図録3参照)
 事例4 観音涅槃のための傀儡目連
    (福建省南安市霞美鎮四黄村草亭寺、図録4参照)
 事例5 シンガポールの目連戯と塔懺(図録5参照)

      ●第一部 概説篇 付録B 図録

 図録1 台湾の目連戯
 図録2 福建省の目連戯
 図録3 福建省の目連戯
 図録4 福建省の目連戯
 図録5 シンガポールの目連戯と塔懺
 図録6 仙游の転蔵
 図録7 蒲田県黄石鎮北極殿の普度

      ●第二部 論考篇

演劇史における目連戯  田仲一成

 序 目連戯の社会的機能──功徳法事と斎?儀礼
 一 郷村演劇の脚本─七巻本─古本系
 二 宗族演劇の脚本──鄭之珍本
 三 市場地演劇の脚本──前目連から連台長編本へ
 四 結語

女性の救済──蒲仙目連戯と『血盆経』  馬建華(道上知弘訳)

 はじめに
 一 地区の祭祀、超度の歴史的背景
 二 『血盆経』から導き出された「戯中超度」
 三 蒲仙に流伝する『血盆経』とその目連戯への影響
 四 目連戯は『血盆経』をいつ受容したか──『血盆経』の変容からの推測
 五 「目連救母」と『血盆経』の内容を取りこんだ宗教儀礼
 おわりに

韓国の目連伝承と盂蘭盆斎  李京[火+華](道上知弘訳)

 はじめに
 一 目連伝承の類型
 二 仏教儀礼の特性と薦度儀礼
 三 盂蘭盆斎の性格と霊魂救済の意味
 四 盂蘭盆斎を通して見た女性の宗教文化史的位相
 結び

巫女が伝える目連救母伝説──陸前北部の「口寄せ」縁起  川島秀一

 はじめに
 一 大乗寺縁起の成立過程
 二 巫女が語る「目連救母伝説」
 三 「太子の本尊」と口寄せの現場
 四 口寄せで語られた「目連救母伝説」の祭文

神楽の中の目連とその比較  鈴木正崇

 はじめに
 一 中国での目連の展開
 二 日本での目連の展開
 三 備後の『目連の能』
 四 『目連の能』の内容
 五 『目連の能』の特徴
 六 『目連の能』の時代的背景
 七 比較の可能性
 八 目連戯私見

索引

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内容説明

地獄の亡母を救う目連の伝承は、盂蘭盆会への起源とも言われ、東アジア各地で女性救済の文化に豊かなバリエーションを与えている。本書は日中韓の祭祀・芸能の諸相から、死生観や霊魂観、さらに文化史の再考をも迫る注目の論集である。


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はじめに 野村伸一



本書は「東アジアのなかの目連戯」に関する共同研究の報告書です。日本においてはこれまでに、主として目連伝承を説話学の方面から研究してきました。一方、東アジアの規模で目連戯──目連尊者にかかわる祭祀と芸能を論じる試みはほとんどありません。目連戯とは目連尊者が死んだ母の霊魂を救済するという伝承を演じてみせる祭祀性の強い芸能のことです。目連の母は、死んでから餓鬼道、あるいは地獄に堕ちたといわれます。それを見通した目連尊者は冥府を経巡り、母を成仏させます。


目連戯は、中国の村落では盂蘭盆の頃、あるいは天災や疫病などで共同体が危機に臨んだりした時に、また家庭では死者霊の供養の際におこなわれてきたもので、それは今日でもなお伝承されています。


目連はインドの人であり、また救母伝承もインドにはあったとはいうものの、今日知られている目連救母説話がインドにあったかどうかは定かではありません。おそらく中国で作られたのでしょう。この説話は仏教の隆盛とともに唐の時代には盛んに語られました。しかし、これがいつから演戯文化と結びついたのかは、やはり、よくわかりません。ただし、北宋の時代になると、確実に芸能化したことが文献の上で確かめられます。それは紀元一〇〇〇年前後のことです。従って、芸能としての歴史だけでも千年近くにはなります。この長い時間の積み重ねはそれだけでも探究すべき対象であることを示しているでしょう。


目連戯は過去の文化ではありません。現在でも台湾、中国(とくに福建省、四川省)、東南アジア華人社会では重要な祭祀芸能としておこなわれています。しかも、それは中国だけでなく、日本にも及んでいます。目連戯の世界は複雑です。それは、大きな枠組でいえば、死者霊の追悼、祖先祭祀、盂蘭盆会、あるいはまた祭祀芸能の生成と変容、その演劇化といったことがらとかかわり、さらには女性史(とくに母親像の変遷)とも十分にかかわってきます。当然、それは説話研究の範囲に収まるはずのものではありません。いうならば、文学、民俗学、演劇学、文化人類学、宗教史学などの視点を持った複数の研究者が観察し、論じるべき対象なのです。


しかし、日本だけでなく、中国においても目連戯研究はまだそれほど深い積み重ねがありません。現在は、とくに中国の演劇研究者たちのあいだから探究の道が開かれつつありますが、やはり対象の大きさに較べると、まだ事実確認、問題提起の段階といってよいでしょう。それをまがりなりにもはじめてみようとおもい、日本、韓国、中国の研究者のチームを組んで試みたことの報告書が本書です。



わたしたちが共同研究のかたちでこの課題に取り組んだのは二〇〇二年からです。二〇〇二年以降の活動歴はこの「はじめに」の項の次に一括して提示しておきました(一四頁以下)。ご覧になればおわかりのように、実質的には二〇〇四年の秋までには基本的な調査は終え、各氏の論考も大方はいただいていました。それが遅延したのは、ひとえに編著者の責任であります。


報告書が遅れたのは、目連伝承と目連戯の世界の奥行きの広さ、深さに戸惑ったからです。自分なりに目連戯の世界の輪郭をつかむことがまず必要でした。それなくして、安易に各氏の論考の集成を出すことは、少なくともやりたくないというのが率直な思いでした。


目下、日本では、経済、政治の分野からする「東アジア共同体」に向けての議論がかなりさかんです。近い将来に東アジアのまとまりを達成すべきこと、地域統合がもたらす利点ということはよくわかります。基本的にわたしも賛成です。ただし、論議の目線が違いすぎるというのか、もどかしさもあります。何よりも、東アジアの人びとの顔が全然みえてこないし、基礎的な文化の一学徒として何をしたらよいのかというと、余りにも漠然としているのもまた確かです。そこでは、欧州共同体の歴史を十分に踏まえた高邁な議論もあるし、まるで国家戦略の枠内での提言みたいだとおもわせるものもあります。こんな潮流のなかでは、国家の枠を引きずったままの安直な東アジア物は出さないに越したことはない、そんな思いがしばしば起こってくるのです。


こういうと、一方では、現代の東アジアの文化状況はもはや過去とは違うといわれるかもしれません。実際、国境を越えたドラマや映画、アニメーションが行き交い、若者の多くはもはや価値観を共有しつつあるというようなことが盛んにいわれています。しかし、わたしにとっては、それは強いられた画一化でしかないようにおもわれます。それは、東アジア共同体論の語り手として登場する人たちの多くが各国の政治、経済の指導層であることと表裏一体のことです。表と裏は「市場」を介して繋がっているということ、ただ、それだけのことです。共通語は英語あるいは英語らしきものということでしょうか。


おそらく、こうした英語で置き換え可能な言説においては、もっとも考慮に値しないのが「宗教」や「歴史」であり、その当事者である衆庶(普通の人びと)の行動でしょう。日本の昨今の教育風土では、近代に属する宗教現象や大事件の歴史はまだしも、東アジアの中・近世社会の日常だとか祭祀行為などになると、これはもう迂遠なものとされます。その種のものは一部の研究者が知っていればよいことというのが日本社会の公約数のようです。そうした見方は高等教育の現場をも巻き込み、日増しに勢いを増しています。


しかし、皮肉なことに、この趨勢が進めば、基層の宗教文化や歴史はいよいよ地に埋もれ、東アジアの地域統合はますます夢物語になっていくことでしょう。この先、わたしたちは東アジアの多くの人びとと今よりも頻繁に顔をつきあわせて、時にはひとつの家庭や職場をも持たなければなりません。このような時、東アジア、なかでも中国、朝鮮、日本の人びとは、究極のところ、何を願い、生き死にの瀬戸際に至るまで何を守りたがるのか。そうした価値観、世界観にかかわることを知ることなくして「統合」などはありえるはずがないのです。


ともあれ、こうした、けっして好ましくない現今の趨勢のもとで、わたしたちの目連戯の報告書は刊行されることになりました。



次に本書の構成とその内容を記しておきます。


本書は二部構成でまとめました。第一部「目連救母とその祭祀、芸能」は概説、第二部「論考篇」は五氏による各論です。ただ、ここで、あらかじめ記しておきたいのは、第一部の概説は辞書的な意味での概説ではないということです。それは本書の副題を「目連救母と芸能の諸相」と名づけたことと関係しています。第一部は目連戯が含むさまざまな主題のうち、とくに「目連救母」という部面に照明を当てたもので、目連戯という大きな森へのひとつの接近方法を模索したものにすぎません。


目連戯には前述したようにいろいろな課題が含まれます。東アジアの「孝」の思想、宝巻などの語り物と中世演劇の交流史、とくに明清以降の中国演劇(南戯)の進展と祭祀芸能の関係、祖先祭祀の歴史的展開、祭祀芸能の民俗化など、まだ課題は多数、残されています。しかも、目連戯は特定の時期に演じられるものなので、実況を知らなければなりません。そのための手がかりとして、本書では「日誌──目連戯の事例ノート」と「図録」を掲載しました(第一部末尾参照)。編者としては、この部分にはできるだけ多くの記述を込めたつもりです。(以下略)

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著者紹介
野村 伸一(のむら しんいち)
1949年生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。文学博士。
現在、慶應義塾大学大学文学部教授。
著書に『韓国の民俗戯』(平凡社、1987年)、『巫と芸能者のアジア』(中央公論社、1995年)、編著『東アジアの女神信仰と女性生活』(慶應義塾大学出版会、2004年)、など。

田仲 一成(たなか いっせい)
1932年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。文学博士。
現在、東洋文庫研究員、東京大学名誉教授、日本学士院会員。
著書に『中国祭祀演劇研究』(東京大学出版会、1981年)、『中国巫系演劇研究』(同、1993年)、『中国演劇史』(同、1998年)など。

馬 建 華(マ ジェンファ、Ma Jian Hua )
1953年生まれ。中国山東大学中文系修士課程修了。修士。
現在、福建省芸術研究所研究員兼福建師範大学文学院修士課程指導教授。
著書に『蒲仙戯与宋元南戯、明清伝奇』(中国戯劇出版社、2004年)、『蒲仙戯史論』(共著、中国戯劇出版社、2006年)、「宋元民間目連戯的?一種形態」(『戯曲研究』、2006年)など。

道上 知弘(みちうえ ともひろ)
1973年生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。
現在、慶應義塾大学文学部非常勤講師、東京大学教養学部非常勤講師。
翻訳に徐暁望「福建省における女性の生活と女神信仰の歴史」(『東アジアの女神信仰と女性生活』、慶應義塾大学出版会、2004年)、葉明生「女神陳靖姑の儀礼と芸能伝承」(同前書)、葉明生「蒲仙傀儡北斗戯と民俗、宗教の研究」(『日吉紀要・言語・文化・コミュニケーション』No.30、2003年)、 葉明生「福建民間傀儡戯の祭儀文化の特質について」、(同前紀要 No.32、2004年)など。

李 京 [火+華](イ ギョンヨプ、Lee Gyung Yup)
1963年生まれ。韓国全南大学大学院博士課程単位取得退学。文学博士。
現在、韓国木浦大学国文科教授。
著書に『巫歌文学研究』(パギジョン、1998年)、『珍島タシレギ』(國立文化財研究所、2004年)、『地域民俗の世界』(民俗苑、 2004年)など。

川島 秀一(かわしま しゅういち)
1952年生まれ。法政大学修了。
現在、リアス・アーク美術館学芸係長。
著書に『ザシキワラシの見えるとき』(三弥井書店、1999年)、『憑霊の民俗』(三弥井書店、2003年)、『漁撈伝承』(法政大学出版局、2003年)、『カツオ漁』(法政大学出版局、2005年)など。

鈴木 正崇(すずき まさたか)
1949年生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。文学博士。
現在、慶應義塾大学文学部教授。
著書に『スリランカの宗教と社会』(春秋社、1996年)、『神と仏の民俗』(吉川弘文館、2001年)『女人禁制』(吉川弘文館、2002年)など。

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