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浙江省舟山の人形芝居

侯家一座と「李三娘(白兎記)」

浙江省舟山の人形芝居

急速に姿を消している布袋木偶戯(指遣い人形芝居)。本書は、一座の上演をそのまま対訳活字化。演目や活動、解説を付した資料集。

著者 馬場 英子
ジャンル 芸能・文学
出版年月日 2011/02/20
ISBN 9784894891739
判型・ページ数 A5・530ページ
定価 本体9,600円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに

Ⅰ 侯家一座の「李三娘(白兎記)」──上演記録(原文と日本語訳)(馬場英子・瀬田充子)

 上演記録について

 第一章 「李三娘」(原文)

 第二章 「李三娘」(日本語訳)

  第一段 化け物を退治して宝を得る
  第二段 軍に身を投ず
  第三段 内外呼応して勝利す
  第四段 李三娘、臼を挽く岳彩珍、宝衣を賜う
  第五段 臼挽き小屋で子を産む
  第六段 劉咬臍、母に会う〈前篇〉
  【幕間】
  第六段 劉咬臍、母に会う〈後篇〉

 第三章 侯家一座の「李三娘(白兎記)」について

Ⅱ 舟山の人形芝居いろいろ─侯家班の演目と概要(馬場英子・瀬田充子)

 第一章 祝賀劇

  1 はじめに
  2 日本語訳
  付 天官賜福
  3 原文 
  付.天官賜福 

 第二章 本格劇の演目概要
     付 侯家班演目一覧 

 第三章 侯家班の演出の特色──岱山木偶劇団の演出との比較から
  1 場面ごとの比較 
  2 まとめ 

Ⅲ 舟山の暮しに生きる人形芝居

 第一章 舟山人形芝居の歴史(張 堅)

  1 前史(朱潭山以前) 
  2 朱潭山の来島 
  3 民国時期の人形芝居・朱潭山の弟子たち 
  4 人民共和国成立後 
  5 80年代以降 
  6 侯家班の歴史 

  付:舟山群島人形芝居一座の一覧 

 第二章 島民の暮らしに生きる「侯家班」の上演実践
    ─定海区塩倉街道海新村某家の「満月酒」と「満月戯」を例に(陳 玲)

  1 舟山島民に生きる「小戯文」とその特徴 
  2 「侯家班」というブランド 
  3 「侯家班」が上演した「満月戯」
     ──定海区塩倉街道海新村某家の「満月酒」を例に 
  4 まとめ 

  参考 

Ⅳ 付録

 舟山方言音注(方松熹)
 原文語彙注
 おわりに

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内容説明

村祭、廟祭、家庭の慶弔事などに演じられてきた布袋木偶戯(指遣い人形芝居)は、今日急速に姿を消している。本書は、現在も活動を続けている一座の上演をそのまま活字化(日本語対訳)。さらに演目や活動概要、解説を付した決定版資料集である。


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はじめに

中国浙江省、寧波沖合の舟山群島では、人が演じる芝居「大戯文」と区別して「小戯文」と呼ばれる人形芝居の一座が、今も村の年越しの祝い、廟(寺社)の祭り、また結婚、誕生など家庭の祝い事に招かれて、神に芝居を奉納する。舟山の人形芝居は、「布袋戯」すなわち指遣い人形で、一座は人形を遣い、語り唱う主演一人に二から三人の伴奏で構成される。脚本は無く、即興で演じられるが、「天官賜福」など儀礼に用いられる短い祝賀劇を除くと、ほとんどが上演に何日もかかる長編の歴史物で、唐や宋など大王朝の建国や異民族の侵略から国を守った英雄好漢の物語である。


この舟山の人形芝居は、『定海県志』1)など現地の地方志で、わずかに触れられるほかは、いわばどこにでもある民間の一芸能として、これまで特に注目されることはなく、研究も行われていない。しかし民間芸能としての人形芝居の上演が、多くの地域で、過去のものとなってしまった今、伝統的な様式で演じ続けられている舟山の人形芝居は、貴重な存在といえよう。現在、舟山には二十ほどの一座があるが、専業は、侯家班一座だけで、あとは農業、漁業(養殖)などの兼業である。(それぞれの一座の詳細は、Ⅲの第一章付の一覧参照)。


侯家班は、人形を遣い、唱い語る主演の侯雅飛(女、1953年生)に、伴奏の指揮役を務める夫顧国芳(1951年生)と兄侯国平(1949年生)を主要メンバーとする家族経営の一座である。伴奏には先代の主演であった父侯恵義(1927年生)が加わることも多く、また必要に応じて、随時、仲間の一座から応援を頼んでいる。以前は、母も上演依頼の受付や人形の補修、服の製作などを手伝っていた。最近は、侯雅飛の姪の侯夏玲が新主演となり、舞台も二つになった。(Ⅲの第一章6参照)。


95年に、昔話やわらべ歌の聞き取り調査で初めて舟山を訪れた時、にぎかな音に誘われて入って行った天后廟(定海県小沙鎮)で演じられていたのが、侯家班の「李三娘推磨(李三娘、石うすを挽く)」だった。四大南戯の一つとして知られる『白兎記』が、大劇場の古典演劇としてではなく、ひっそりと村の人形芝居で演じられていることに、たいへん興味をひかれた。


五代後漢の初代皇帝劉知遠とその妻李三娘の物語は、世界中に広く分布するユリシーズ型の話で、妻李三娘を農村の逆境に残して、軍に身を投じようと旅立った夫劉知遠が、苦難を経て出世し、帰郷して大団円になる「劉知遠の往きて帰りし物語」である。明の南戯『白兎記』が名高いが、金の語り物『劉知遠諸宮調』残巻がモンゴルのカラホト遺跡で発見されるなど、口承文芸として古い資料がそろっていることでも知られる。


宋の『五代史平話』から金の『劉知遠諸宮調』、明の南戯『白兎記』を経て、現代にいたるまで、戯曲、語り物などでさまざまに演じ語られてきた、この「李三娘・劉知遠の物語」すなわち『白兎記』は、どのようにして、舟山人形芝居の演目となったのだろうか。


この「李三娘」を、侯家班主演の侯雅飛は、一日二回の上演で三日間、およそ15時間の「小連本戯(小型続き物)」として演じる。15時間分の語りの内容は、どのようなものなのか。はたして金の諸宮調や明の南戯のテキストにも通じる演出がうかがえるのか、中国の口承文芸史の伝承を考える上でも興味深いと考えた。また、現地の言葉がわからない者には、ほとんどひと言も聞きとれないが、盛んに聴衆の笑いをとっている掛け合いの部分では、どのような言葉がかわされているのか。同じ民間のものとして、昔話やわらべ歌と共通する内容があるのか、という点もぜひ知りたいと思った。


そこで侯家班に「李三娘」全段を2004年3月10、11日と同年9月11日に上演してもらった。そのビデオ録画を、舟山民間文芸家協会会長の張堅氏、助手の毛久燕さんらに原稿に起してもらうことにしたが、通常の文字起しの苦労に加え、そもそも文字表記を想定していない方言をいかに記録するのかで、すぐに行き詰った。試行錯誤の結果が、本書の第一章である。方言学に全くの素人の作業で、いまだ不備だらけではあるが、これまで全く文字と縁のなかった口承作品について、ともかく一応の文字記録を作成した。『白兎記』の研究、舟山の人形芝居の研究、「方言文学」の記録の試みとして、一定の意義はあるのではないかと思う。


ただ、音楽方面には、全く知識がないため、人形芝居の一方の重要要素である音楽については、今回、残念ながら触れることができなかった。


なお、舟山人形芝居の全体像を知る参考に、本書では、『白兎記』上演記録に加えて、舟山人形芝居の演目、上演の特徴、歴史、民俗とのかかわりについての考察などをあわせて載せた。


人形芝居の舞台を少しでもご理解いただく一助として、以下、本文に入る前に、舟山人形芝居が、実際、どのように演じられるのか、侯家班の上演を例に、舞台の作り、人形の使い方などについて、簡単に紹介したい。


人形芝居の一座は、「唱(うた)」と「白(せりふ)」を行いながら人形を遣う主演者一人と、「後台」と呼ばれる楽隊二、三人とから成る。用いられる楽器には、三弦、二胡、板胡、大鑼、小鑼、?、鼓板、鼓、?吶などがある。


人形は木彫の頭と手作りの衣装とから成っていて、高さ30cmほど。京劇などの伝統演劇にならって、生(男役)、旦(女役)、浄(かたき)、丑(道化)といった役柄があり、顔(隈取も含む)や髪が描き分けられていて、衣装は首に糊付けされている。身分や職業によって、それに見合ったかぶり物をつける。衣装やかぶり物も京劇などにならっている。衣装は裾が開いていて、そこから手を差し入れ、頭に人差し指を突っ込む。親指と中指は袖に入れて、腕、手の動きを担う。足はついていない。小道具としてブーツをはいた足があり、将軍が見得を切るときなど、特別の場合だけ用いられる。


舞台は、個人の家であれば、「堂前」と呼ばれる家の中央、ホールの奥に、天から下って来る神や祖先を迎える正面を向いて設置される。廟なら、戯台(舞台)に設置される。……

上演は、「閙場」と呼ばれる楽隊の演奏で始まる。周囲に人形芝居が始まることを知らせる触れ太鼓の働きをするとともに、その場を祓い清める意味もあるのだろう。この後、短い休憩をはさんで、再び演奏が始まると、「小搭脚」と呼ばれる小者が登場し、芝居の始まりを告げる。


上演時間は、『郭子儀』のような通し狂言の場合、二時間余りを一段とし、例えば昼食の休憩をはさんで午前一段、午後一段で一日分となる。一段または一日分が筋書き上もある程度の区切りとなっていて、依頼主の都合によって、今年はまず三日、来年はその続きを三日というように、何年かにわたる上演も可能であるし、本来三日かかるものを二日の短縮上演にすることもできる。名場面を独立して演ずる「折子戯(段物)」の場合は、十五分ほどの休憩を入れて、三時間以上かけて一気に演じたりもする。後述する祝賀劇のように、その上演が祭礼の一環として組み込まれているものは、祭礼の進行に合わせて、例えば夕暮から夜明けまで演じられる。


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編者・執筆者紹介
馬場英子
1950年生れ。東京都立大学人文科学研究科博士課程修了。新潟大学人文学部教授。専攻、中国文学。主な著作に、『北京のわらべ唄』全2巻(共編訳、研文出版)、『中国昔話集』全2巻(共編訳、平凡社東洋文庫)。
瀬田充子
1947年生れ。東京都立大学人文科学研究科博士課程修了。専攻、中国文学。主な著作に、『北京のわらべ唄』全2巻(共編訳、研文出版)、『中国昔話集』全2巻(共編訳、平凡社東洋文庫)。
張 堅
1946年生れ。専門職学芸員、舟山民間文藝家協会主席。専攻、中国地方史。主な著作に『舟山民俗大観』(中国、遠方出版社、)『岱山史話』(中国文史出版社)。
陳 玲
1968年生れ。新潟大学現代社会文化研究科博士課程修了。現在、新潟県立歴史博物館主任研究員。専攻、民俗学。主な著作に「北小浦の老人たちと宅配便―家族変容の視点から」(『北小浦の民俗―柳田国男の世界を歩く』福田アジオ編 吉川弘文館)、「イエ空間の民俗的構造―富山県氷見市柿谷を事例に」(『日本民俗学』217号)、『中越地震後の山古志への「帰村」に関する民俗学的研究』(平成19年~平成21年度科学研究費補助金基盤研究C研究成果報告書)。

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