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25 スターリン期ウズベキスタンのジェンダー

女性の覆いと差異化の政治

覆いに象徴される「旧習」の撤廃を目指す政策は、ウズベク人のローカルな生活の中で人びとをどのように差異化したのか。

著者 須田 将
ジャンル 人類学
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》
出版年月日 2011/12/25
ISBN 9784894897526
判型・ページ数 A5・64ページ
定価 本体800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに
  中央アジア・ウズベキスタンにおけるスターリニズムの日常
  本書の視座
一 脱/植民地権力と街区社会
  街区社会と女性
  「十全なソヴィエト市民」と「他者」の創出
二 フジュムと女性住民の反応
三 男性住民の反応とフジュムの挫折
四 一九三〇年代の「女性解放」と街区社会
  マハッラ委員会
  女性クラブ
五 大テロルと「女性解放」
  「女性解放」の停滞への批判
  女性に対する犯罪の政治的強調
おわりに

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内容説明

 

スターリン体制下「女性解放」の一局面。ムスリム女性の覆いに象徴される「旧習」の撤廃を目指す政策は、ウズベク人のローカルな生活の中で人びとをどのように差異化したのか。

*********************************************

本書の視座
この小さな書物では、中央アジア・ウズベキスタンの「女性解放」をめぐる政治を、第二次世界大戦前のスターリン期(一九二〇年代末―一九四一年)に焦点をあてて検討する。「脱植民地化」から「連邦の統合」に向かうこの時代における、日常生活が営まれる街区(マハッラ)という場での、パランジに象徴される現地の「後れた」慣習へのソヴィエト政権の介入の実践に注目し、ソ連の国家成員として相応しいソヴィエト市民と「他者」がウズベキスタンでどのように創出されたのかについて、本書は明らかにする。ここで結論をやや先取りしながら述べると、一九二七年に「フジュム(Xujum. 攻勢)」(女性の覆いと「隔離された生活」の一掃を求める運動)が、階級闘争のイデオロギー的枠組みにおいて準備され、展開された。この運動は激しい抵抗にあい、一九二九年には挫折する。だがその後、女性を抑圧するとされる重婚や婚資などの「後れた」慣習の実践が犯罪として摘発されるようになり、三〇年代末には女性に対する暴力の取り締まりが政治的な観点から再び強められ、日常生活におけるジェンダー規範がウズベク人の国家と社会への包摂のあり方、つまりはシティズンシップに影響を与えることになった。
近年、いわゆる「イスラームのヘッドスカーフ」問題が中東・北アフリカからの移民を擁する西欧諸国でのジェンダーの議論で盛んに取り上げられており、フランスの公立学校での着用禁止(二〇〇三年)、ベルギーやフランスでの、公共の場所で本人確認ができない服装を禁止する法律施行(二〇一一年)が論議を呼んだ。こうした女性の覆いにまつわる人々の実践は、単なる慣習や宗教によるものというよりは、様々な時代と社会で、多様な考えをもつ人々が、包摂と排除の問題に取り組むなかで象徴として再編されてきたものであることが論じられてきた[Heath ed. 2008; 内藤・阪口編 二〇〇七]。そうした点では、本書も、人々の市民としての包摂に向けた異文化に対する介入と人々の反応、一部の人々の「他者化」といった問題に関心を寄せており、今日のグローバル化した公共空間における人々の平等と多文化的差異の共存という課題にも示唆を与えるだろう。
ただし、こうした女性の覆いに関わる政治の実践には、地域・時代・政治体制によってかなりの違いがあることに留意すべきである。本書で扱う、ソ連中央アジア・ウズベキスタンの「女性解放」の経験は、一九二八年のアマヌッラー・ハーン治世下のアフガニスタンにおける覆いの撤廃に向けた試みや、一九三六年のパフラヴィー王朝イランのヒジャーブ(顔を出すが頭を覆い、体を隠す服装)の禁止など近隣諸国の措置と同時代の現象であり、緩やかな相互参照の関係にあった。また、後年のフランス領アルジェリアでも、現地民女性を利用した植民地維持の先例として参考にされたようである[MacMaster 2010 : 74-75; 126-127]。この点、ウズベキスタンでは「女性解放」が階級闘争の枠組みで本格化し、多民族からなるソヴィエト市民を連邦国家に包摂するという課題とともに展開されたことが異なっている。一九八一年にチュニジアでは学校や政府機関で女性は覆いを被ることを禁じられ、二〇〇六年には警官が女性に頭部を覆うスカーフを取るように命令した。これに対して、(意外なようであるが)ソ連ではスターリン期においても禁止措置はとられず、女性の自発的な脱ぎ棄てという建前が重視された。強制は、むしろ独立後にナマンガンでの警官首切り殺害事件(一九九五年一二月)やタシュケント爆弾事件(一九九九年二月)(いずれもイスラーム主義組織による犯行とされた)を契機になされ、それまでパランジや輸入物の覆い(アフガニスタンのブルカ、アラビアのニカブ等)を着ていた一部の女性が警官から嫌がらせを受けるようになり、全身の覆いをした女性の姿は街角から消えた。かわって、近年ではトルコや欧米諸国在住のムスリム女性の服飾の影響を受けて、髪を覆うスカーフを若い女性がイスラーム的実践として自覚的に身につけるようになっている。
ウズベキスタンでの「女性解放」をめぐる政治は、ソ連解体後の現在にまで繋がる歴史をもつが、現地では、もっぱら共産党によって導かれた勤労者たちによる「女性問題」の解決の歴史として、ソヴィエト史学が取り上げたテーマであった[Шукурова 1970; Аминова 1975; Алимова 1987;  Пальванова 1987]。ペレストロイカ期には「歴史の見直し」もある程度進んだが、ウズベキスタン独立後は学術管理と自己規制によって、ウズベク人が自民族の抑圧に一定程度、関与したという負の歴史に触れる研究は振るわなくなり、同国ではスターリニズムが確立していく「文化革命」期から戦前の「大テロル」の時代にかけての、ジェンダー関係に対する政策的介入についての批判的な再検討も、残念ながらなされていない。
米国では冷戦期に、中央アジア現地民の労働者階級の欠如に直面したソヴィエト政権が、女性を「代替プロレタリアート」として見立てて、その「解放」を通じて支持者開拓を図ったと主張する研究が登場した[Massell 1974]。ソ連解体後には、文書館史料閲覧の機会が増大したことにより、中央アジア近現代史の研究成果が相次いで発表され、当時のウズベク人女性のあり方が争点となった。ノースロップの『ヴェイルに覆われた帝国』[Northrop 2004]は、フジュム運動におけるウズベク人男性の反発を、主にモスクワ所蔵の共産党文書を駆使して描き出し、パランジがかえってウズベク民族のアイデンティティと抵抗の拠り所になったと主張した。これに対し、カンプの『ウズベキスタンにおける新しい女性』[Kamp 2006]は、一九二〇年代の雑誌とオーラル・ヒストリーに基づき、運動に積極的に応じたウズベク人女性に焦点をあて、ノースロップが示唆するような、民族的抵抗の象徴としての覆いの着用の増加はなかったという異見を提出した。
……
*********************************************
著者紹介
須田 将(すだ まさる)
1975 年生まれ。奈良市出身。北海道大学大学院文学研究科博士課程在籍。
主な論文に、『市民』たちの管理と自発的服従――ウズベキスタンのマハッラ」『国際政治』第138号、2004年、“The Politics of Civil Society, Mahalla, and NGOs: Uzbekistan” in Osamu Ieda and Tomohiko Uyama eds., Reconstruction and Integration of Slavic Eurasia and Its Neighboring Worlds, Sapporo: SRC, 2006.「ウズベキスタン」『中東・イスラーム諸国民主化ハンドブック』、明石書店、2011 年、「「『競争』と『安定』の演出:2009 年末ウズベキスタン議会選挙監視体験記」『日本中央アジア学会報』第7 号、2011 年など。

 

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