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08 演技と宣伝のなかで

上海の大衆運動と消えゆく都市中間層

文革に至る政治運動の激流に棹さし、迎合し、消えていった「早すぎた中間層」。サラリーマンの「演技」と歴史の相克。

著者 岩間 一弘
ジャンル 歴史・考古・言語
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》
出版年月日 2008/11/10
ISBN 9784894897359
判型・ページ数 A5・66ページ
定価 本体800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに

一 職員と労働者の関係

二 「三反」運動のなかの技術人員

三 「五反」運動の発動

四 上海市工商業聯合会と上海総工会の宣伝活動

五 「高級職員」と「資本家代理人」にとっての「五反」運動

六 公私合営化に対する「資本家代理人」の期待と不安

七 公私合営化の展開と「資本家代理人」に対する政策

八 公私合営企業における権力関係

九 「資本家代理人」の「思想改造」

一〇 公私合営後における「資本家代理人」の希望

一一 反右派闘争以後の「資本家代理人」

おわりに 現代中国への視点

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内容説明

戦前いち早くサラリーマン層を生み出していた上海。文革に至る政治運動の激流に棹さし、迎合し、消えていった「早すぎた中間層」。彼らの「演技」と歴史の相克をつぶさに見る。 ブックレット《アジアを学ぼう》8巻。


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はじめに


現代の都市とその近郊に生きる私たちの多くは、サラリーマン(俸給生活者)やその家族としての人生を、ごく普通なことと考えている。しかし、世界史上において、そのようなサラリーマンの中流生活が普及していくのは、一九世紀以降のことと考えてよい。


そのころから西欧の都市では、大規模化・複雑化した産業組織・行政機構に雇われて、管理・会計・事務・販売などの頭脳・精神労働に従事するサラリーマンが登場した。彼らは、都市の新しい社会階層として、資本家と労働者の中間に位置づけられた。近代という時代には産業・行政における合理化の追求が普遍的に見られ、自作農や商店主といった旧来の中間層とは異なった「新中間層」が、いうならば合理化の思わぬ副産物として、大都市を中心に蓄積されていったのである。


中国の都市においても、アヘン戦争後の南京条約で香港島がイギリスに割譲され、広州・上海などが開港場になった後、一八五〇年代ころから、貿易商社の雇員を始めとして、銀行・税関・電報局・郵便局・鉄道などの職員、新式の学校の教員などが続々と登場した。第一次世界大戦期ころまでには、上海でもサラリーマンたちが新たな社会階層としてひろく認知されるようになった。彼らは、俸給生活者層という意味の「薪水階層」(俸給生活者層)、教師や商人が着た伝統的な男性用ガウンから名を取った「長衫階層」、サラリーマンの音訳である「沙拉爾曼」、そして「中等階級」「中産階級」などと呼ばれていた。


こうして形成された新中間層は、商工業の発展した上海においては、民間企業の職員の人数が、公務員を上回った。一九三〇年代後半において、上海の総人口はおよそ三八〇万人程度であったが、外資系企業の職員は約一〇万人、中国資本系企業の職員は約四~五万人、旧来からの小規模な商店で働く店員は約一三~四万人ほどであったのに対して、下級官員は一~二万人、教員は一~一・五万人程度であった。


一九二〇~三〇年代の中国において、民間企業職員を中心とするサラリーマンたちとは、いったいどのような人びとであったのだろうか。まず、彼らのなかには、私塾を出たあとに小商店などで働き、その経歴を生かして大企業・銀行・大型商店などに異動した者がいた。他方で、学校教育を受けて専門的な知識や技能を身につけ、その特技を生かせる職業に就き、職業を通して社会的な責任を果たそうとする、近代的な経歴と社会意識を体現する者も増えてきていた。また、企業・機関で近代的な人事管理制度が導入されるのに伴って、サラリーマンたちは、労働者に対して優越感をもち、「職員」層という一つの階層意識を強化した。それと同時に、「高(上)級職員」「中級職員」「初(下)級職員」「小職員」などといった等級観念をもつようになり、階層間・等級間における感情的な軋轢を生んでいた。さらに、サラリーマンたちは、公務と余暇を明確に区分するようになった。余暇の時間には、さまざまな新聞・雑誌・書籍を閲読したり、スポーツに興じたり、音楽・映画・演劇を鑑賞したりした。このように、両大戦間期の中国においても、都市のサラリーマンとその家族たちは、新しい生活のスタイルを確立し、他の階層に憧れられる消費リーダーとなり、大衆文化・大衆消費社会の立て役者となったのである。


それでは彼らは、一九五〇年代以降、共産党政権下の中国において、どのような運命をたどったのだろうか。一九五〇年まで、上海の人口と企業職員数は増大し、全市の総人口約四九八万人のうち就業人口が約二〇七万人、職員・労働者の総計が一四九万人程度、そのうち職員は約五一万人(約三六万人の商店員を含む)となった。つまり、一九五〇年代初頭には、依然として約一五万人程度以上の民間企業職員が健在であったことを確認できる。


日本において一九五〇年代は、都市で生活する新中間層が一層増大して、例えば「団地族」が登場し、サラリーマン小説が普及しつつある、といった時代であった。同じ頃、共産党政権下の中国において、新中間層は果たして消失の道をたどったのか、それとも都市社会のなかに潜在化しえたのだろうか。本書は、上海のサラリーマンたちに焦点をしぼって、彼らの職業意識や階層・等級観念および生活スタイルの変化を考察しつつ、一九五〇年代の中国における階層再編過程の特質を浮き彫りにしていきたい。……

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著者紹介
岩間一弘(いわま かずひろ)
1972年、神奈川県生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。
現在、千葉商科大学商経学部准教授。
主な著書に『戦時上海──1937~45年』(研文出版、共著)、『『婦女雑誌』からみる近代中国女性』(研文出版、共著)、『上海──重層するネットワーク』(汲古書院、共著)などがある。

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