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東南アジア年代記の世界 2

黒タイの『クアム・トー・ムオン』

社会主義革命を経た年代記継承の有為転変をフィールドで追い、東南アジアの少数民族の波乱の歴史をたどる。

著者 樫永 真佐夫
ジャンル 人類学
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》
出版年月日 2007/11/10
ISBN 9784894897281
判型・ページ数 A5・66ページ
定価 本体800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに──年代記『クアム・トー・ムオン』との出会い

一 ベトナムにおける黒タイの生活

 1 地勢に応じた民族の住み分け
 2 ベトナムにおける公式の民族分類と黒タイ
 3 黒タイ村落の社会生活の現状

二 黒タイの文字文化と年代記

 1 二〇世紀における黒タイ社会の諸文字
 2 黒タイ文書継承の現状
 3 黒タイ年代記

三 『クアム・トー・ムオン』が語る社会秩序

 1 『クアム・トー・ムオン』の構造
 2 王統史の記述が語るイデオロギー

四 『クアム・トー・ムオン』の継承

 1 社会階層と『クアム・トー・ムオン』
 2 『クアム・トー・ムオン』の現在

五 おわりに

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内容説明

王統譜にはどのような価値体系が隠されているのか。社会主義革命を経た年代記継承の有為転変をフィールドで追い、東南アジアの少数民族の波乱の歴史をたどる。歴史民族学的な立体的文献解読。ベトナムから少数民族の歴史意識を読み解く。ブックレット《アジアを学ぼう》2巻。


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はじめに


本書で取り扱うのは、この『クアム・トー・ムオン』である。これには、天地開闢に始まり、洪水神話、天からの始祖降臨、故地ムオン・ロの開拓、各地を平定しての領土拡大、その後の歴代首領の事績と歴史的事件の数々が記されている。多くが二〇世紀の写本なので、語りの終点はしばしばフランス植民地期である。


『クアム・トー・ムオン』は直訳すれば、「ムオン(くに)を語る話」である。その記述内容を、本書で分析することになるが、その際次の点にも注目したい。『クアム・トー・ムオン』が、黒タイ村落社会における信仰や日常生活と、どのように関わってこれまで継承されてきたか、である。つまり、こうした文字資料が、社会にどのように埋め込まれて継承されてきたのかを問題にしたいのである。そしてこの研究は、ある地域的枠内における文字文化継承の特徴を考える手がかりになるだろう。


その地域的枠とは、中国、ベトナム、ラオス、ビルマ、タイが国境を接し合い、チベット高原から中国西南部の山峡に発する大河川群が、あるいは東へ、あるいは西へと袂を分かとうとする中上流部である。幾条もの沢を刻む夥しい量の水が流れをなし、急降下と徐行を繰り返すこの地域では、言語・生業経済・物質文化・信仰などを異にするたくさんの集団が、地勢に応じて住み分けている。そのうち盆地に居住するタイ語系民族のいくつかは、近代以前に、身分階層制の明確な政治組織を持った王国を築いていたことで知られる。しかも彼らは地域ごとに固有な自分たちの文字で、自分たちの歴史を書き記していた。黒タイもその一つである。


歴史家たちはそうした文書群を、年代記としてジャンル分けしている。しかし、長い間多くの歴史家たちは、史実の信憑性の点で中国の史籍などに劣るとして、これらの扱いに消極的であった。しかし、現地の人々の歴史意識、歴史記憶を知る重要な資料として理解し直される動きも生じている[ダニエルス 二〇〇四:五三]。


『クアム・トー・ムオン』も、ベトナムからラオスにかけての数々の盆地を中心に居住している黒タイが継承してきた年代記の一つである。この記述内容について語ることは、黒タイの人々の歴史意識や歴史記憶について語ることに他ならない。もちろんこういう反論もありうる。黒タイの中の特定の人々が伝えてきた文書に記されているような歴史意識が、人々の間で広く共有されていると、なぜ断言できるのか。しかも『クアム・トー・ムオン』の記述は首領の世系の事績が中心であって、一般の民衆が主人公ではないのである。


この疑問にはこう答えよう。『クアム・トー・ムオン』は二〇世紀に至るまで、階層を問わず、葬式の場で朗読されてきた。朗読を通じて、故人の生が歴史に関連づけられるのを、現存の人々は、葬式のたびごとに繰り返し耳で聞いて理解してきた。しかも公教育が普及する一九五〇年代以前は、多くの人にとってそれが、自分や自分にとって身近な人の時空上の位置づけを知るために参照できるほとんど唯一の歴史だったからである。


本書では、『クアム・トー・ムオン』においてどのような歴史意識、歴史記憶が語られているのかを、この文書が用いられる場をも視野に入れて示す。同時にこのことは、民族学・歴史学で研究資料として年代記を扱う場合の可能性と限界を明白にすることをも意味している。


本書は次のような構成を取る。第一節では、黒タイという集団の東南アジア、とりわけベトナムにおける民族的、政治的、文化的位置づけを概説する。第二節では、黒タイの固有文字の特徴を語る中に『クアム・トー・ムオン』を位置づける。第三節では、首領の権威を背景として作られた広義の公文書として『クアム・トー・ムオン』を読んだ場合、社会のどのような価値体系がそこに表現されているかを示す。第四節では、『クアム・トー・ムオン』がどのように記され、継承されてきたのか。そして、二〇世紀半ば以降の社会主義革命を経て、従来の首領の権威が否定されたベトナムで『クアム・トー・ムオン』がどのように受容されているかを示す。このように、『クアム・トー・ムオン』のような年代記継承をめぐる過去半世紀の分析を通じて、東南アジアの少数民族の歴史を考える上で、彼らの固有文字で記された資料が持つ意義の一端を示したい。

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著者紹介
樫永真佐夫(かしなが まさお)
1971年、兵庫県出身。
東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻文化人類学コース単位取得退学。博士(学術)。
現在、国立民族学博物館助教。
主な論文・著書に、「ベトナムにおける黒タイ家霊簿の現在」長谷川清、塚田誠之編『中国の民族表象─南部諸地域の人類学・歴史学的研究』2005年、風響社、279-301頁、「ベトナム─小中華の国家統合」青柳真智子編著『国勢調査の文化人類学─人種・民族分類の比較研究』2004年、古今書院、159-176頁、Cヒm Tr縅g vソ Kashinaga Masao, Danh sセch t tiヤn h L Cヒm Mai S麩 - S麩 La, Hソ N駟:Nhソ xu`t bタn Thユ gi?, 2003(カム・チョン&樫永真佐夫 2003 『ムオン・ムアッのロ・カム一族の家霊簿』ハノイ:世界出版社)などがある。

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