16 自然保護をめぐる文化の政治
ブータン牧畜民の生活・信仰・環境政策
「環境にやさしい国」ブータン。しかし、その政策の現場では、生態環境に寄り添ってきた牧畜民の伝統生活を脅かす矛盾を生んでいる。
著者 | 宮本 万里 著 |
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ジャンル | 人類学 |
シリーズ | ブックレット《アジアを学ぼう》 |
出版年月日 | 2009/11/10 |
ISBN | 9784894897434 |
判型・ページ数 | A5・58ページ |
定価 | 本体700円+税 |
在庫 | 在庫あり |
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目次
第1部 森林政策における「環境主義」の起源
一 開発導入期の森林開発(一九五〇年代~)
二 ディープエコロジーの思想潮流と仏教の接合(一九八七年~)
三 「伝統維持=環境保護」イデオロギーの形成(一九九〇年~)
四 グローバルな価値のなかで生きる(一九九二年~)
五 環境保護を制度化する(一九九五~)
六 まとめ
第2部 自然環境保護とはなにか──国立公園における環境政策と牧畜民
一 ブータンの国立公園
二 「森林」定義の変遷
三 畜牛保有と家畜飼育形態
四 自然環境保護への「脅威」としての森林放牧
五 森林放牧と牛の屠殺をめぐる文化の政治
六 まとめ
あとがき
内容説明
「環境にやさしい国」ブータン。しかし、その政策の現場では、生態環境に寄り添って暮らしてきた牧畜民の伝統生活を脅かす矛盾を生んでいる。人間と環境を辺境から問い直す。ブックレット《アジアを学ぼう》16巻。
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はじめに
パロ宣言は、九〇年代以降のブータン政府の開発政策の方向性を決定づけ、これ以降、伝統文化保護を自然環境保護と同義であるとする論理は、ブータンの開発政策および環境政策の文脈において自明の前提として繰り返し語られるようになっていった。こうした語りの創出が意味するところは即ち、ブータンにおけるチベット仏教伝統の保護それ自体が、脆弱なヒマーラヤ地域の環境保全ひいては地球環境保全を導くのだと位置づけることにあり、それは結果的に政府による「伝統文化」保護政策に正当性を与えることに繋がった。そして、実際に文化伝統の保護が自然環境保護の文脈で語られるとき、文化政策に対する批判の声はほとんどあがることはなかったのである。
それでは、このように環境主義が、宗教や自然生態を包括した文化についての全体論的な語りのなかで不可分に結び付けられていった一方で、実際の森林政策や環境政策における政策傾向はどのように変遷していたのだろうか。また、政府が自国民の国民性や国民文化を「環境にやさしい」それとして内外へ表象するなか、人口の八割以上が農耕牧畜に従事するといわれるブータン社会において、環境政策はどのような形で人々の生活世界に入り込んでいるのだろうか。
本書は、ブータン政府の環境主義はブータンの仏教思想や伝統的慣習に根付いてもともとあったとする見方や、「賢明で慈悲深い国王と政府」と「従順な国民」との関係からのみ単線的にブータン社会を理解するやり方に絡めとられることなく、ブータンの環境主義と農村社会の暮らしとを、具体的な政策の変遷や長期的なフィールド調査のデータから捉えなおしていこうとするものだ。そのために、本書は二部から構成される。まず第?部では、政府の森林政策の変遷および環境政策における語り、国際社会へ向けた王族の声明文、仏教思想の位置づけ、グローバルな環境主義の潮流といった複数の要素に目を向けながら、現代ブータンにおける環境主義の系譜を辿っていくことにする。そして、第?部では、政府の自然保護政策の下で抑圧されつつも、様々な生活実践や宗教実践をとおしてそれらの制度をとらえ返し、読み変え、交渉する村落住民のエイジェンシーを、国立公園下の村落で実施してきたフィールドワークの知見をもとに描き出してきたいと思う。
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著者紹介
宮本万里(みやもと まり)
1977年、札幌生まれ。
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科一貫制博士課程修了。博士(地域研究)。
日本学術振興会特別研究員(PD)、京都大学東南アジア研究所研究員を経て、現在、北海道大学スラブ研究センター学術研究員。
主な論文に「現代ブータンにおけるネイション形成―文化・環境政策からみた自画像のポリティクス」(『人文学報』第94号)、「森林放牧と牛の屠殺をめぐる文化の政治―現代ブータンの国立公園における環境政策と牧畜民」(『南アジア研究』第20号)などがある。2008年度日本南アジア学会賞受賞。