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09 バンコクの高床式住宅

住宅に刻まれた歴史と環境

伝統的な高床式住宅と洋風建築。そこには歴史的背景と建築的必然の織りなす複雑な来歴がある。住む人と寄り添う「住」の変化。

著者 岩城 考信
ジャンル 文化遺産・観光・建築
シリーズ ブックレット《アジアを学ぼう》
出版年月日 2008/11/10
ISBN 9784894897366
判型・ページ数 A5・64ページ
定価 本体800円+税
在庫 在庫あり
 

目次

はじめに

 高床式住宅と実測調査

一 床高から見るバンコクの住宅類型
 1 バンコクの都市と住宅
 2 高床式住宅とタイ住宅
 3 揚床式住宅 
 4 地床式住宅

二 伝統的な高床式住宅・タイ住宅を再考する
 1 タイ住宅を巡る言説と疑問
 2 動産としての住宅
 3 移築、増築による住空間の変容 
 4 空間変容のサイクルと家族構造

三 バンコクの近代化と高床式住宅
 1 タイ住宅はなぜ減少したのか
 2 選ばれる揚床式住宅
 3 選ばれる高床式住宅
 4 賃貸の戸建て住宅の開発と高床式住宅

おわりに

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内容説明

伝統的な高床式住宅と洋風建築。現代都市バンコクを彩る風物だが、そこには歴史的背景と建築的必然の織りなす複雑な来歴がある。住む人と寄り添う「住」の変化を克明に辿る。ブックレット《アジアを学ぼう》9巻。


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はじめに


タイの首都バンコクを訪れた人が必ず一度は通る観光スポットであり、城壁と水路によって二重に護られ、王宮や多くの寺院、行政施設を抱くプラナコンは、一七八二年の遷都から現在に至るまでバンコクのみならずタイの社会、行政、宗教の中心である。二百数十年にわたる歴史は都市に奥行きを与え、その魅力は、伝統的な信仰の空間と近代的な町並みとが同居する重層的な景観にあるといえよう。表通りには、煌びやかな寺院やかつての王侯貴族の洋風邸宅、統一性や連続性を持って都市を飾るショップハウスが整然と並んでいる。そこはバンコクの都市の近代化を表徴する空間である(写真1)。


一方、路地裏には小さな敷地に、庶民の小さな木造住宅が建つ。敷地いっぱいに増改築が行われ、錆びたトタンで屋根や壁が覆われていることも少なくない。それゆえ、路地裏の景観や住宅は、不揃い、雑多、乱雑といった否定的な言葉で語られることが多い(写真2)。


しかし、プラナコンでは表通りより路地裏の方にこそ多様な住宅建築がある。表通りには、ショップハウスのような地面に直接、床を張った建築が多いのに対して、路地裏には、伝統的な高床式住宅であるタイ住宅(Ruean Thai, Ban Song Thai)や、床高六〇センチメートルから三メートルに至る多様な床高を持った雑多な木造の住宅が現存している。いずれも高床式住宅ではあるが、それにしてもこの床高の多様性はいかなる背景のもとに生み出されたのだろうか。本書では伝統的なタイ住宅から多様な床高を持つ木造住宅へと繋がる高床式住宅の系譜を探りながら、そこに刻まれてきた歴史や環境への適応手法を掘り起こしてみたい。


近年のタイでは、古地図の復刻や、現存する古い建築の調査等が進み、都市や建築の歴史を知る下地がようやく整いつつある。しかし、プラナコンの路地裏の住宅地や木造住宅は、スラム研究やコミュニティー開発といった研究の対象とされることはあっても、個々の建築が歴史的に評価されることはほとんどなく、当然、都市史や建築史の研究対象とはされてこなかった。


確かに、路地裏にはショップハウスが生み出すような統一性を持った町並みはないし、住宅にも王侯貴族の邸宅のような荘厳さや華やかさはないかもしれない。だからといって、そこに歴史がない、ということにはならないはずだ。実際、プラナコンの路地裏に現存する木造住宅の建設年代を丁寧に聞き出していくと、それらは一九三〇年代から四〇年代に集中していることがわかる。建設から六〇年以上経つ住宅群に歴史がないわけがないのである。 さらに、路地裏の住宅に注目することは、これまで充分に研究がなされてこなかった庶民住宅の歴史の解明という点でも重要な意味を持っている。確かに庶民住宅は民間で開発、建設がなされてきたものであり、公文書といった一次資料は乏しく、ゆえに文献資料に依拠する従来のタイ建築史の手法では研究を進めることは難しい。


しかし、建築とは施主や居住者の階層、職業、民族、宗教といった社会経済的な背景や、竣工時の技術や意匠を表象する物質文化である。つまり、現存する建築それ自身が様々な歴史や文化を内包する資料なのである。ゆえに、現存する庶民住宅から、多くのことを読み取ることが可能である。


筆者はこれまで、小型の測量器や巻き尺を持って実際に建物を測量し図面化する実測調査と、住宅の竣工時の状況を知る人や居住者への聞き取り調査というフィールドワークを行ってきた。本書では、筆者が人や建築との対話の中で得た様々な知見を相互に結びつけ、高床式住宅が伝える多くの情報を読み取りたい。


ただし、人々の記憶に頼る聞き取り調査では、住宅の建設や増築、改築、移築が行われた時期に関して曖昧な回答しか得られないことが多い。そこで本書では、対象とする住宅の選定から住宅の空間変容の時期の特定に至る様々な作業において、年代の異なる複数の地図を利用していることを特記しておきたい。……

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著者紹介
岩城考信(いわき やすのぶ)
1977年、大阪府生まれ。
法政大学工学研究科修士課程修了。
現在、法政大学大学院工学研究科・博士課程に在籍。
主な論文・著書に「住宅に刻まれる家族の歴史──バンコク郊外の高床式住宅の変容に関する一考察」(『日本建築学会計画系論文集』第73巻第626号、2008年4月、891-896頁)や「バンコク・プラナコン──路地裏の宅地開発と住宅」(『アジア遊学』第80号、2005年10月、122-135頁)、「中部タイでの雨と暮らし」(日本建築学会編著『暮らしに活かす雨の建築術』北斗出版、2005年、26-29頁)などがある。

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